何の変哲もないファーストフード店のテーブルで向かい合い頬杖を着く。
目前の相手は不機嫌とも取れる面でかちかちと携帯電話をいじっていた。
來海はコーヒーのストローをぎちりと噛み、小十郎を見据えた。
交わす言葉こそ他愛のない世間話だが、今は己とデート中だというのに、この男は一体何を考えているのか。
小十郎の左頬に走る傷痕を眺め、來海は目を伏せた。
來海には時折小十郎が解らなくなる時がある。
こうして相手にされないときであったり、逆に痛いほどの執着をぶつけられるときであったり様々だが、ふとした瞬間に小十郎が來海の知る片倉小十郎ではなくなるような、可笑しな気がするのだ。
來海の知らない片倉小十郎は、決まって底の見えない瞳で來海を見た。
覗き込むのに腰が引けるような恋慕の激情を黒々と燃やす焦げ茶の瞳である。
凶暴とも言える色に釈然としないが、想われていることに間違いはないのでいつしか來海は小十郎の変化を頭の片隅へと追いやっていた。
「ケータイしまえ馬鹿、今話してるだろ」
「すまねえ、メールだった」
「呼び出しか」
「いいや、大したことじゃねえ」久々に会えたのだから無粋な真似はしない。
見る者からすれば柔らかい笑みを浮かべる小十郎に、來海は目尻をさっと赤く染め氷が溶けて薄まった不味い液体をズッと啜る。
「あーもう、何の話だか忘れちまっただろ」
「お前にストーカーが居るっつー話だろうが」
「聞いてたんじゃねえか」
「当たり前だ」
始めは些細なことであった。
読もうとした雑誌がいつの間にか切り裂かれ、ゴミ捨て場に捨てられていたのだ。
鍵を掛けて出かけなかったため盗まれ、誰かに悪戯をされたのだろうと高を括った來海は雑誌の件を放っておいた。
だが翌週、今度は部屋にあったCDが割られてゴミ捨て場へと捨てられていた。
合い鍵を渡した昔の恋人に侵入されたのかもしれない、そう考え鍵を付け替えたが効果はなく、翌週はテレビと燃やされたアルバムがゴミ捨て場で見つかった。
流石に気味が悪くなり小十郎へ相談したのだが、一応聞いていたらしい恋人は來海にあまり有益な回答を与えてくれなかった。
刺激をするな、警戒を怠るな。
生娘相手じゃあるまいし、三十路過ぎのオヤジにどんな馬鹿が何をすると言うのか。
「とにかく刺激はするなよ、そう言う奴らは逆上したら何をするかわからねえからな」
小十郎の太い指が來海の口元をなぞる。
大きな掌に顔を引き寄せられ、そのまま唇が合わせられた。
人のざわめきが耳をくすぐる。
誰もが他人に無関心な場所とは言え、小十郎らしくない突飛な行動に來海は眉を寄せた。
「これは刺激にはならないのか」
「馬鹿言え、これは牽制だ」
くつくつと喉を鳴らす小十郎の双眸は、來海があまり好きではないあの暗い色をしていた。