「良いのか、小十郎」


湯気の立つ湯呑みへ息を吹きかけつつ、独眼竜は茶菓子の用意に勤しむ小十郎へ視線を流す。
宜しいのですよと素っ気なく口にした右目に呆れ、政宗は茶を啜り口の端を釣り上げた。


「“浮気してやるからなー!!”」


やる気のない真似声に、黙々と雑務をこなしていた右目の肩がひくりと強張る。
泣き叫びながらどっか行ったぞと面白おかしく揶揄する竜に、右目はやれやれと言った様相で溜息を吐いた。


「そうですか。あれがお騒がせいたしました」
「冷てぇなぁ。本当に浮気されても、そう楽に構えてられるのかねぇ」


なぁ小十郎?
左の目を意地の悪そうな弓形にし喉を鳴らす年若い主に、心配は御無用ですと微笑み、小十郎は空の湯呑みに茶を注ぎ始める。


「あれは可笑しな所で度胸も甲斐性も無くなるので、浮気などは、とてもとても」


この場に座すは二人の筈だが、はて誰の分やらと首を傾げた政宗は、走り来る足音に苦笑する。
甲斐性どうこう嘯いているが、要は己以外に心を移ろわせる事は絶対にないと言っているようなものである。

お前、それとんでもねぇ惚気だぞ。
喉まで出掛かった言葉を大福と一緒に飲み込み、政宗は、ほう…と息を吐いた。




【双竜と死神について】
(小十郎、)
(…さっさと座れ、冷めるぞ)
(やっぱり俺、小十郎が好きだ…)
(俺を忘れんなよ)
(政宗も好きだよ)
(ほう、政宗様に鞍替えする気か)
(ちが…!!)
(そう遊んでやるなよ小十郎)
(しかし…)
(ごめんってば!!)