ざわめく木々が歪な陰影を乾いた地へと映し出していた。
己と主を囲む人影に怯む素振りすら見せず、影信は低く猛々しく咆哮した。
平素の、穏やかとは言えずとも争いを好まぬ男らしからぬぎらつく瞳で、襲い来る黒装束の忍を辺りに散らしてゆく。
理を捨て去らぬまま怒りを露わにし、主を背にした影信は太刀を振るい続けた。
どうやら最後の親玉らしい男に舌打ち、影信は主を見遣り口を開く。
「この御方は俺の道だ」
道、と称された男、奥州筆頭の伊達政宗はそこで漸く我に返り、隻眼を丸くして影信を見詰める。
己に注がれる驚愕に気付くことなく、影信は続けた。
「もう一度言う、この御方は俺の道だ。俺の望み、俺の光、俺のいのち、唯一無二の俺の宝、泰平へ導く標…大切な御方だ。例え御髪の一筋であろうと政宗様を貴様等にくれてなるものか!!」
鋭く尖った灰色の瞳が険を増し、威圧的な空気に肌が震える。
太刀を構え直し足を踏み出した影信に話が違うと呟いた男は、まばたきの間に赤く染まりそのまま崩れ落ちた。
残党を探し素早くぐるりと目玉を巡らせた影信は、未だ唖然とした顔で己を見る政宗の腕を引き寄せた。
「お怪我は御座いませぬか筆頭」
「あ、いや…」
「どこか痛めましたか、」
歩けぬようであるならば私のせなを御使い下さいませ。
政宗の両手を掴んだまま、頭の先から足の先までを診た影信は、幾分か落ち着いた双眸に労るような色を浮かべ政宗の視線へと己のそれを重ねた。
「な…んでもねぇ、平気だ、」
「御顔が赤いようですが、御熱があるのでは…」
「NO!」
「そうですか…それよりも筆頭、だから片倉殿共々申し上げましたでしょう。民に紛れ城下を冷やかして歩くなどお止め下さいと、いくら筆頭が刀を帯び私をお連れになったとて、もしも」
「解った、俺が悪かった!」
「…私からはぐちぐちと言いますまい、次に活かして下さいませ」
ただし片倉殿からの説教はきちんと聞いていただきます。
政宗は影信のぴしゃりとした声音にぐぅと唸り、そうして何かに気付くと薄茶の瞳をぱちくりさせ影信を眺めた。
「如何致しました」
「お前…さっき俺の名を呼んだな?」
徐々に語気を強め詰め寄る政宗に、今度は影信が目を見開き仰け反る番であった。
「とっさのこと故…」「あと、宝とか、いのちとか、大切とか、言ったろ」
「出過ぎた真似を…重ね重ね申し訳御座いません」
「言っただろ!!」
影信は己の二の腕へぎちりと食い込む十指に息を飲み、開き直りに近い様子で言いましたと答え、直ぐに後悔した。
影信を見る政宗の左目は熱をはらんでおり、頬が上気している。
整った顔の薄く紅い唇がふるりと震え、それから影信の唇へと押し付けられた。
腕で首を固定され身動きが取れない。
影信は溜め息を零し、藍色の着物を引き剥がした。
「筆頭」
「政宗」
「筆頭」
「政宗」
「筆頭」
「政宗」
「政宗様」
「ひっと…違ェ!」
「貴方様と言う御方は…」
くつりと影信の喉が鳴り、それから微かな笑い声が湧き上がる。
珍しく感情を表に出し微笑んだ影信の姿に、不謹慎であると自覚しながらも政宗様は見惚れずには居られなかった。
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石田兄本気モード。
一応バーサーカーのお兄ちゃんですから。
腹に飼ってるものもそれなりにあります。