続き物、中
※捏造、グロテスク描写有り
「筆頭はややこを御覧になったことは御有りですか」
小十郎の淹れた茶を片手に政宗は眉を寄せる。
ややことは赤子だ。
見たことがあるかと問われれば、答えは是である。
城内では中々眼にすることがないが、お忍びで訪れる城下では良く親が子をあやす姿が見られた。
小さい命だ。
手も指もどこもかしこも小さく柔らかい。
頷く政宗に影信は微笑み、ではややこを見る為に女の腹を裂いたことは有りますか、と。
柔らかい微笑はそのままにおぞましいことを口にした。
「そんな事したら、やや諸共親も死んじまうだろうが」
呆れたように小十郎が言う。
政宗は内心頷きつつ影信を眺める。
影信は何を言いたいのだろう。
昔話をしようと語り出した男の志とは、一体何なのか。
出された茶菓子を割り口へ放る。
思っていたより甘ったるい。
政宗は茶を啜り影信を促した。
「片倉殿の仰る通り、ややも女も死にました」
つまらない話になりますが。
そう前置き、影信はぽつぽつと話し始める。
私が十三の事で御座います。
小姓として仕えに出された家の主は、大層乱暴な男でありました。
見目がよいからと召し抱えられ、色小として寝所で飼われることと相成りました。
しかし間もなく私は上背が伸び、骨が頑丈になり、主好みの細く華奢な体格ではなくなってしまったので、十五の折りに寝所のお役は御免になりました。
その後は武を買われ、身辺の警護など当たり障りのない任を与えられましたが、色の役を終え、幾日か経ったある日のことで御座います。
山道を散策する主の前へ、身ごもった女が引き立てられたのです。
女は年若く、私と同等か二つ三つ上の様に見えました。
可愛らしい顔に浮かんだ恐れの色は、未だ私の中で色づいております。
主は柔らかい声音で何時産まれるのかと女に問いました。
茹だるような暑さの中であると言うのに、女はかたかたと震えながらあと一月ほどで御座いますと答えました。
蝉の鳴き声を背に主は笑いながら刀を抜き、女の丸い腹を裂いたので御座います。
暑い日で御座いました。
吹き上がった赤い血が熱せられ、瞬く間に辺りは惨状となりました。
情けのない話で御座いますが、私は嘔吐を抑えながらその場から動けずに居りました。
主が刀で女の腹を探りました。
濃い血の臭いが鼻を刺す中、女の腹から肉の塊がずるりと出たので御座います。
赤黒い血に染まった赤黒いややは、不完全ながら我らと同じ人の形をしておりました。
人の形で御座います。
指があり、脚があり、頭は大きく目も閉じておりましたが、紛れもなくそれは人で御座いました。
私は目を剥いて主を見ました。
主は笑っておりました。
騒ぎに駆けつけた女の夫は変わり果てた妻と子の亡骸を胸に抱き、唖然とした顔で主を見上げておりました。
その男は城で働く下男で、私も何度か顔を合わせたことが御座いました。
男は唇を噛むと血が流れるのもそのままに、何も言わず主へ平伏したので御座います。
主は尚も笑ったまま、今度は男を切りました。
目つきが気に入らぬ、ただそれだけの理由で御座います。
私はぼんやりと夫婦を眺めておりました。
ややあって小さな子が金切り声を上げ夫婦にすがりつきました。
幼い兄は弟妹になるはずだった肉の塊を撫で、主へ石を投げました。
血の臭いに酔ったのでしょう、主は子供の身体を生きたまま切り刻みました。
惨事に背を向けた小姓の何人かもその場で殺されてしまいました。
土も木も空も視界も深紅に塗りつぶされた私を振り返り、主は笑うよう命じました。
背後に控える重臣は何も言いません。
諫めることもせず、ただ目を逸らすばかりでありました。
下を見れば、先ほどまで笑い合っていた友だった者達が転がっております。
横を見れば、数刻前まで幸せそうに笑っていたであろう家族が、生まれてくるはずだった命が、私を光のない虚ろな目で見ておりました。
私は笑いました。
そうして壊れてしまいました。
私はもう、主君や家臣と言う物が信じられなくなってしまったので御座います。
「それまでは人並みに忠義や矜持など持ち合わせておりましたが、笑ってしまったあの日を境に、全てが全てぽきりと折れてしまったので御座います」
仕えた主が悪かった、そう仰られるのでしょうが。
影信は冷めてしまった茶を流し込み、暮れゆく空の色を見やった。
影信の瞳に光はない。
まるで話に出たややのようだと政宗は思った。
「それから直ぐに私は暇を願いました。主はとうに私に飽いていたのでしょう。願いは聞き入れられ、私は石田の家へと戻ったので御座います」