どさり。
尻から伝わった振動と背中に感じる暖かさに、來海は開いていた本から眼を剥がし肩越しに顔を向けた。
深い緑色の着流しを纏った身体、撫でつけられた黒髪が肩口で跳ねている。
珍しいなと口にした來海の背に軽く圧力が掛かった。
どことなく気怠げな様子である。
眠いのかと尋ねれば、吐息のような、唸りのような、掠れた声が肯定を告げる。
「褥を引くか」
「必要ねえ」
「風邪引くぞ」
「平気だろ」
前のめりになっていく上体に、來海は溜め息を吐いた。
どうやら小十郎は來海を座椅子代わりにし、本格的に寝るつもりらしい。
無理な体勢で首を捻り背後を覗けば、投げ出された筋肉質の脚が無防備に投げ出されている。
めくれた着物ぐらい直せと零した小言は、見事に流されてしまった。
読みかけの本を脇へやり、小十郎の背から脱出をはかる。
支えを無くし崩れた身体が畳へ落ちぬよう抱き止め、來海は器用にも小十郎の身体が己の上へと乗るような形で寝転んだ。
満足げに微笑む來海をよそに、驚いたのは小十郎である。
一介の武人である小十郎はそこいらの大人の男と比べても格段に鍛えられた体つきをしている。
そんな小十郎の下敷きになるなど、潰してくれと言っているようなものだ。
慌てたように身じろいで寝場所を変えんとする男の腰へ腕を巻き付け、來海は小十郎を己の上へと縫い止めた。
「重いだろうが」
「まあ軽くはないけど」
「なら放せ、」
ぐっと寄せられた眉の近さにふくふくと笑み、來海は腕に力を込める。
この体勢じゃ寝づらいのかと聞く來海に、小十郎は呆れた。
「潰れるぞ」
「まさか」
「苦しくねえのか」
「全然」
ただただ穏やかな微笑を浮かべる來海に、もはや何を言ってもこの腕が退かされることはないのだろうと悟り、小十郎は力無く來海の肩へと額を押しつける。
「俺は寝るぞ」
「遠慮なく寝ればいい」
今となっては何が原因だったのか定かではないが、もともと眠気に襲われていた小十郎である。
來海の上でもそもそと動き、うたた寝に最適な位置を探り出すと鋭い双眸をとろりと溶かし來海を見上げる。
寝入り端にお前の声を聞くのも悪くない、だから何か喋っていろ。
そう言って、重そうなまぶたをぱちぱちと開閉させる小十郎に、來海はまた柔らかく微笑んだ。
「軽くないけど、それが良いんだ」
「…もう退かねえぞ、俺は寝る」
「知ってるか小十郎、お前の重さは俺を幸せにするんだ」
「意味が解らねえな」
「寄っかかられたり、抱き締めたりするとさ、小十郎を感じられるんだよ」
「それがどうした」
「あったかくて、重い。生きてるから、重い」
すん、と鼻を鳴らす。
太陽と土と汗の匂いがふわりと漂う。
來海は薄暗い室で焚くどんな香よりも、小十郎のこのにおいが好きだった。
「死ねば骸は朽ちて軽くなる。重いって事は生きてることだ」
「それで、」
くふんと欠伸をかみ殺した右目につられ、來海も欠伸をかみ殺す。
群青の瞳に涙の幕を張り來海が続けた言葉に、小十郎は目尻を紅くした。
「小十郎の重さは即ち俺の幸せなんだよ」
「…理解できねえな」
「しなくていいさ」
「…話すのにも飽きた」
少し不貞腐れたように言い捨てる小十郎の耳は赤いままである。
來海はほつれた黒髪に唇を落とし、それきり口を噤んで、眉間の皺が薄れた所為か幼く見える顔で眠る小十郎を抱き締め続けた。
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小十郎と昼寝したい