スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

どこかの審神者と誰かの話




オブラートに包まれてはいるが要するに本丸を移るよう書かれた政府直々の手紙に、審神者は深いため息を吐いた。
就職難に喘いでいた頃、未来の政府と名乗る不審者から審神者になりませんかとスカウトされ早五年。こんのすけによる地獄のチュートリアルで、映画のエイリアンばりにがっつりトラウマを植え付けられた審神者は、それから五年、どこにでも居る普通の審神者として着々とノルマをこなした。一年経ち、二年経ち、たった一人と一本で始めた本丸生活も、随分と大所帯になった。
弟のような刀、友達のような刀、兄のような先輩のような刀、父親のような刀、そんな彼らとこれからもずっと、終わらない鼬ごっこのような戦争に明け暮れ、家と職場が合体した本丸で暮らすのだろう、そう思っていたのだが、審神者の眼前で膝を正す彼らは違ったようだ。
近侍の殺気が背に刺さるのを顕著に感じつつ、本丸の主であった審神者はぼんやりとした目で自分の物であった刀剣男士を眺める。
可愛らしい見習いの少女を護り、真っ直ぐに主だった人間を見据える彼らの表情はどれも一様に覚悟を決めているようだった。
謀反なの。審神者の吐息のような問い掛けに、眼帯の青年が苦く笑む。そうなるのかな。まるで悪意の無い肯定だ。鋭く息を飲み鯉口に手を掛けた近侍を片手を上げ止める。ぎちりと噛み締められたのだろう彼の奥歯がとても心配である。欠けてたら手当しないとね、抜けた笑みを浮かべる審神者に、近侍はとうとう足音を荒立てて部屋から出ていってしまった。
ごめんね、申し訳なさそうに謝る男へ、審神者は仕方がないよと苦笑した。

刀剣男士は、刀だ。
神様の末席だの妖怪だのなんだのと言われているが、その本質は刀であり、戦の道具である。道具が人を選ぶなど片腹痛いと一笑に伏す方々は良く考えてみてほしい。道具、結構持ち主を選ぶよね?と。
有名処で言えばブルーダイヤ、ニワトコの杖、パワーストーンだって、椅子だってそうだ。
人だってそうだろう。今よりもっといい条件の会社へ転職する、今よりもっといい上司に着いていく、そんなことが当たり前にありふれている。主従関係がどうの武士の誇りがどうのと言う方々は、彼らが道具だと思い出してほしい。彼らは刀である。彼らは道具である。より良い使い手に使ってほしいと望むのは本能だ。主を選ぶ刀の話は古今東西に散らばっている。良い道具は使い手を選ばないと言うが、大概においてそれは意思の無い物だけに当てはまることで、心を持った個である彼らがより良い刃生のためにより良い使い手をと望むのはごく自然なことなのだ。
要するに、自分ではダメだった、それだけの話である。それが容姿なのか、性格なのか、霊力なのか、才能なのか、とにもかくにも何かがダメだった、劣っていた、ただそれだけの話である。
長年の付き合いから思考回路を察したのか、ダメだった訳じゃないけど、と口を濁す眼帯の青年にへいへいと適当な相槌を打ち、審神者は荷物を纏めた。
“けど”の後を聞くのは、さすがに堪えられそうになかった。



【曖昧劣等らばー】




お前のせいじゃないだろ。
新しい本丸へ足を踏み入れる一歩手前で、近侍の声に審神者の動きが止まる。
ぶっきらぼうな口調ながら情を滲ませる近侍の刀剣男士へ、審神者は眉を垂らした。馴れ合うつもりはないと言って憚らない刀が何を思って着いてきてくれたのか、きっと生涯理解出来ないだろう。
あの見習いの子はとてもいい子だった。大変申し訳ありませんと土下座をして、真っ青になりながらも唇を引き結び、審神者さまの顔に泥を塗らぬよう勤めを果たす所存ですと締めたあの子は、真面目で、霊力も澄んでいて、人間的にも好感が持てる子だった。審神者の見本と紹介されても、ああなるほどと素直に頷けるような子だった。誰のせいでもない。誰かのせいにするつもりもない。ただただ間が悪かっただけなのだ。
貴方こそ良かったのかと尋ねれば、色黒の青年は金色の双眸をひたと据えて、薄い唇を開いた。
あいつらにはまた合う、だがあんたは違う、と。


「そっか」
「そうだ」
「じゃあまた皆来てくれるように頑張ろうかな」
「…しばらくは、いいんじゃないか」
「そっか」
「そうだ」


ゲートを潜る直前、ポツリとこぼされた呟きが耳を擽る。『あんたに患ってるからだ』何とはなしにこぼれたその言葉だが、患ってる=中二病かなと思ってしまった審神者には、ロマンスの神様なんて現れる訳がなかったのだった。
前の記事へ 次の記事へ
カレンダー
<< 2015年11月 >>
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30