スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

ぐんないベイベ

※銀×医者















実際の所、銀時は千歳が何をすれば喜ぶのか解らないし、何をすれば可哀相ではないのかもよく解らない。
泣いてるのなら護ってやりたい、笑っていれば安心する。
何も難しくはない。
ただそれだけの事だ。
泣かせたい訳じゃねーんだよなぁ、いや、啼かせてはみたいけれども。

薄い衝立の向こう側でぴすぴすと寝息を立てる幼馴染みへごろりと体を向け、銀時はこみ上げるあくびを噛み殺した。
草木も眠る丑三つ時、どうしてだか目が覚めてしまった。
寝直そうにも一度逃げた眠気は早々寄ってきてくれそうにもなく、こうしてまんじりともせずに衝立の向こうを睨んでいる。
気持ち良さそうに寝てやがんなぁ。
半ば八つ当たりぎみに鼻を鳴らした銀時は、頬を撫でる冷たい風に身を震わせた。
暑いからと開けたままだった窓から時折吹き込む夜風は、夏の熱気に当てられていた肌を容赦なく冷やしていく。
あーあーメンドクセェ、気だるげに布団を抜け出した銀時が障子を閉めるその後ろで、小さなくしゃみが暗闇に響いた。


「千歳ー、千歳さーん、起きてんのー?」


押し入れから聞こえる同居人の寝息に耳をそばだてながら盛り上がったもう片方の布団へにじり寄るも、夢の住人となっている幼馴染みは我関せずとばかりにぐうすか眠っている。
同じ年の頃の男と女が一つ屋根の下で寝ていると言うのに、よくもまぁここまで無防備を晒せるものだ。
信頼されているのか、はたまた異性と認識されていないのか。
どちらにせよ辛いものがある。
ぶしゅっ、色気も何もないくしゃみが幼馴染みから発せられた。
小さく体を丸め、薄い掛布一枚を腹にかけただけの格好で寒くなったのだろう。
しゃーねーなァ。
誰に対する言い訳なのか、風邪を引いたりしたら困るだけで別に下心がどうとかじゃないですけどと呟き、銀時は小柄な女の身体を腕の中に閉じ込め掛布で首元から足の先までをもすっぽりと覆った。
榛色の髪に頬を擦り寄せれば、染み付いた薬品の臭いが鼻先をくすぐる。
青臭いような、薬臭いような、昔から何一つ変わらない匂いだった。
夜気に冷えた肌が重なり、じわりと熱を増してゆく中、遠退きかけていた睡魔が銀時の瞼を重くする。


「ほんとに贅沢者だよ、おめーはよぉ」


銀さんが一緒に寝てやってんだから。
両の腕に収まってしまった幼馴染みの存在を確かめるように、ぎゅうと抱き締める。
昔から、銀時は千歳が何をすれば喜ぶのか解らなかったし、何をすれば可哀相ではないのかもよく解らなかった。
泣いてるのなら護ってやりたい、笑っていれば安心する。
何も難しくはない。
ただそれだけの事であるのだが、誰かの隣で幸せになるようにと祈ることは終ぞ出来ず、幸せにしてやるとも未だ言えずにここまで来てしまった。
お前、今しあわせか?
そう尋ねれば、女は笑って頷くだろうか。
頷いて、くれるだろうか。

なあ、と呟いた銀時の声に寝惚ける女の表情がふにゃりと緩む。
何の夢を見ているのだろう、不意に女の口から零れ落ちた己の名の、いとおしげな響きに、銀時は嗚呼と息を吐いた。



【だれにもあげない】


ぐんないベイベ

※置いていった男と持っていかれた女
※土+医
※再会前











見るからに不健康そうな一人の女に、面影を探していた。
笑顔が似ている、眼差しが似ている、指先が似ている。
最後は殆どこじつけだったように思う。
幸せになるようにと祈って自ら手放した、たった一人の女の影を、懲りもせずに探していた。








はだけた胸をしまい、土方は眼前で書き物をする御影をまじまじと見つめた。
お世辞でも良い女、と称するのには些か難がある。
水気の少ない榛色の髪、理知的な光を宿すものの、濃い隈に縁取られた同色の瞳。
肉感的では無いにせよ、骨っぽくは見えない。
顔付きは整っている方であろう、平均的な妙齢の女、そんなところであった。

長いまつげが瞬き、土方を捉える。
不躾に眺めていたことを咎めるわけでもない御影の視線は、ただ単に土方を訝っているようだった。


「アンタ、男はいねぇのか」


ぽかんと眼を見開いた御影は、疲れた様子に呆れの気配を滲ませて土方を見据えた。
居るように見えますか。
責めるわけでもなく、淡々と返された答えに土方は声に出さずそうだろうなと頷いた。
患者に対する愛想はある女だが、その実私生活ではまるきり人と関わろうとしないことを土方は知っていた。
仮を返す心持ちで、下心など微塵も無しに何度か誘った食事も、その都度やんわりと断られている。
生の臭いがあまり感じられない女だ。
未練や執着、そう言った感情がごっそりと抜け落ちたような不安定さを纏っている。

昔は居ましたが、と。
カルテを書き終えた御影が土方の腕を取り、抜糸の済んだ傷痕へ消毒液を染み込ませた綿を押し当てた。
もう殆ど見えなくなった其処に、腕の良い医者だと改めて感心し、土方は御影を見る。
伏し目がちに手当てを続けるその姿に聞かずとも理解ができた。
昔の男は、何らかの理由で御影の元へは戻らなかったのだろう。
置いていかれた女の成れの果て、そんな言葉と手放した筈の笑顔が脳裏に過った。
土方の苦い貌を見てか、困ったように御影が笑う。
半分持ってかれちゃいまして、呟くような声に土方は眉をしかめた。
騙されでもしたのだろうか、半分持っていかれたとは穏やかではない。
何だかんだと世話になっている身としては、放っておくことも憚られる。
なにより土方は警察なのだ。
江戸の市民の安全を、生活を守ることが仕事である。


「詐欺にでもあったか」
「まぁ、そんなようなものですかね」
「番所に訴え出ねぇのか」
「……意味の、無いことです」


あの人はもう帰ってこないですから。
弱々しい声で、ぽつりと溢された言葉に土方は息を飲む。
ああ、確かに持っていかれてしまったのだな、と朧気に悟った。


「腕はおしまいです、胸と背は引き続き経過を見ましょう」


しんみりとした空気を散らすように、御影はにこりと笑顔を浮かべた。
わざとらしさを感じさせない見事な作り笑顔に、土方も引き締めていた口の端を緩める。
考えても仕方がないことならば、考えない方がよい。
ちらと見上げた壁掛け時計の短針は、とっくに十を指している。
時間外にすまねぇなとタバコを取り出し掛けた土方の手を苦笑でとどめ、御影は白衣を脱ぐ。
どうせ待つのは寝酒だけですから、と笑う御影に寂しい奴だなと土方は微笑んだ。

さぞやおモテになるんでしょうね、おー羨ましいだろ。
軽口を叩きながら店じまいを終わらせた御影は、未だ暇する気配を見せない土方に小首を傾げた。
御影お得意の困ったような顔に軽く吹き出し、土方は立ち上がると眼下に見える小さな頭をぐりぐりと撫で回した。


「ひじ、かた、さん!ちょ、痛いですって!、これ、セクハラ!ドクハラですよ!」
「ドクハラならお前が加害者だろうが」
「違いますー、ドクターに対するセクハラですー」


ふと御影の顔が曇り、何かを懐かしむような色がその双眸をちらりと横切る。
まっすぐに土方を見つめる御門の眼に、女を置き去りにした男の姿を見たような気がした。
なんの事はない、御影もまた土方に誰かを探していたのだろう。
笑顔が似ているのかもしれない、眼差しが似ているのかもしれない、指先が、似ているのかもしれない。
違うとすれば、と考え、土方は頭を振る。
何も違いはしない。
生きているのか、死んでいるのか。
せめて幸せになるようにと、そう祈って手を離した女。
もしかしたら、己もあの女の半分持ってきてしまったのだろうか。
あるいは、半分置いてきてしまったのだろうか。
呑まねぇか、先生。
沸き上がる激情を捩じ伏せ、掠れた声で男は呟いた。
そうですねぇ、と気の抜けた声で女は応えた。



【はりにまみれたねずみがにひき】



誰かか居ないと眠れないんですよ。
年期の入ったカウンターにぺたりと頬を付けた御影に、土方は酒気でぼやける思考を働かせる。
誰も寄せ付けるつもりなどないくせに、と言ってやらなかったのは、せめてもの優しさだった。


はなにこがれためだかのはなし

※銀さんとままならない話











私はただ単純に貴女に恋をしただけなのです。
殺伐とした日常に現れた可憐な一輪の花。
ささくれた心を包んでくれる貴女の微笑みに、私はいつしか想いを寄せるようになりました。
危険と隣り合わせの日々ですが、それでも貴女と歩みたいと、私はそう思って、





思ってるんですけどね!貴方はいつもいつもいつもい
つもおおおおお!!
何なんだ!俺に何か恨みでもあるのか!?はっ…解ったぞ、坂田さん貴方…あの人に惚れているんですね、だから私をあの人から遠ざける!
解りました、私も男です。
腹を括って貴方と向かい合いましょう。
坂田さん、貴方にあの人は渡さない。
あの人は、あの人は…



「パー子さん私が幸せにする!」










「何でだァアアアアアアア!
何でだよ何であのセンセ気ぃつかねーんだよ解んだろ普通!パー子=俺!俺=パー子!此処どこだと思ってんのオカマバーだよオカマバー!女じゃねーのよオカマだっつの!銀さんはオカマじゃないけどね!仕事で仕方なくだけどね!真選組にはバカしかいねーのか!!!」


ばっさぁ。
貢ぎ物である桃色の着物を投げ捨て、坂田銀時は肩を怒らせた。
何が悲しくてノーマルな自分が、同じくノーマルな男に愛を囁かれなければいけないのか。
眼前にはパー子様へと書かれた貢ぎ物の数々が列を並べている。
値の張るであろう着物を始め、安くはないアクセサリー、ブランドもののバッグ、全宇宙お取り寄せスイーツ、メイクボックスえとせとら。


「ちょっとこれすごいわよパー子!ロ・ブラリーに歩生鈍、こすめでこるたに、ドゥメラールまで!」
「…これ、確か一つ十五万ぐらいするんじゃなかったかしら」


でぃあじゃねーよ、ふろむじゃねーよ。
かまっ娘倶楽部の『パー子』にご執心である男のふやけた笑みを思い浮かべながら、銀時は老舗の有名な焼き菓子を口へ放り込んだ。

男が職場の上司に連れられ店へと現れたのは二月ほど前の話である。
上も下も真ん中もちっとも言うことを聞きやしないんだと暗い影を背負いつつ大きな体を丸める男へ、慰めるような美辞麗句を並べたのはパー子として手伝いに駆り出されていた銀時だった。
辛かったのねぇ、お兄さんは頑張ってるわよ、どこにでもあるような台詞を適当に並べて、高い酒を飲ませて売り上げに貢献した。
おかげで報酬に色が付き溜まった家賃に当てることができたのだが、それ以来何を気に入ったのか、武装警察真選組の隊医様は毎日のようにパー子を指名したのだ。
始めのうちは銀時も両手を上げて喜んだ。
ドンペリやら高い酒を次々と開ける男の金払いはいっそのこと見事なものであり、出来高によって払われる給金で銀時の懐もみるみるうちに潤っていった。
甘いものが好きだと言えば抱えきれないほどのスイーツを、着物が古くなってきたと溢せば翌日には己に似合うであろうデザインの着物が何着も楽屋に届く。
至れり尽くせり、おさわりの一つもなくよくも此処まで貢げるものだと感心する。
まぁたまに気のある素振りで甘えてみたりと、あくまでもキャストとしての範囲でサービスしてやったことはあったのだが。

俺の魅力もてぇしたもんだと鼻唄混じりにかぶき町を歩く銀時が、件の医者を見かけて声を掛けようとしたのは自明の理である。
たまにはパー子の中の人として、坂田銀時として隊医様をもてなしてやるか、どっかに飲みに行ってコネでも作って次の仕事に繋げるか。
そんなことを考えながら白衣の男に近づき、いつもパー子がお世話になってまーすと銀時は片手を上げる。

だから、


「…失礼ですが、どちら様でしょうか」


なんて。
よそ行きの笑みを張り付けた『武装警察真選組医局長、御門千歳』の冷ややかな貌に受けた衝撃は言い表し様の無いものであった。
例えるならばそう、物凄くなついていた犬が、ある日突然自分をカーストの最下層に位置付けてしまったかのような。
持ち上げて持ち上げて大事に大事にしてきたのはそっちじゃないか、何なんだその敵意にまみれた怖い目は!

冷冷たる隊医の視線に負けた銀時は、あ、いえ、ヒトチガイデシタと尻尾を巻いて退散することになった。
あんまりなもあんまりな扱いに少しばかり視界が滲んでしまったのは、墓の中まで持っていく秘密である。

結局何処へも寄らず帰った万事屋の布団の中で、ショックの余韻を引き摺りながら銀時は朧気な予想を立てた。
もしかしてあいつ、中身が俺だって解ってないんじゃね?
中身が俺、というよりもパー子の中身が坂田銀時であること、パー子が男である
ことを理解していない可能性がある。
んなアホな。
ないないないないそれはない、いくらなんでもそれはないだろうと結論付けた銀時だが、結果から言うとビンゴであった。


あの浮わついた侍は知り合いですか、どことなく不安げな表情でそう切り出した男に、パー子は思いきりひきつった笑顔を返す。
え〜誰のことだかパー子ぜんぜんわかんなぁーい!もしかしてストーカー?ヤダきもーい。
先生アタシこわぁーいと男の腕に体をぴたりと寄せれば、見た目とは裏腹にうぶな隊医様は目尻を赤くして顔を背ける。
照れ隠しにウィスキーを飲み干す男に若干引きつつ、銀時は溜め息を吐いた。
この男マジだわ、と。

案の定、それ以来『坂田銀時』に対する男の態度は、完全に敵を見るソレだった。
自業自得とは言え、町で会えば背筋が冷えるような視線と棘のある言葉がぽんぽん飛んでくるのだから堪ったものじゃない。
こちとらガラスのハートなのだ、銀さんのハートは繊細なガラス細工なのだ、銀さんだって傷付くのだから、本当にやめてほしい。
その癖、店に来れば柔らかな笑顔と優しげな声音でパー子をどろどろになるほど甘やかして、肯定して、情を注ぐのだから質が悪い。
どういつじんぶつです、と叫び出したくなると言うものだろう。
なんというか、隊医様の目が節穴過ぎて非常に面白くない。
身体のゴツさとか、声の低さとか、女じゃないことはわかりきっていることだと言うのに、なぜ気づかないのか。
髪の色も眼の色も同じだと言うのに、本当になぜ気付かないのか。
パー子は甘やかすくせに、銀時には冷たく当たる。
パー子には好きだ好きだと瞳で訴えるくせに、銀時にはとびきりの殺気を叩き付けるように送ってくる。
穏やかを人物にしたようなあの医者がどんな修羅場を潜ったのかは知らないが、戦争中でもあそこまで攻撃的な視線は貰ったことがないのだから相当である。
面白くない。
究極に面白くない。

ファミレスのパフェを突っつきながらぶつくさと文句を垂れる銀時に、愚痴を聞かされていた桂は蕎麦を啜る手を止め不思議そうに小首を傾げた。
なんだ銀時、お前めだかに惚れたのか、と。


「おいまて、何でそうなる」


つか、めだかって何。
知り合いかと詰め寄る銀時に、桂はふむ、と腕を組む。
あれはいつだったかと続けられた話によると、どうやら件の隊医様は昔攘夷戦争に参加していた志士であり、白夜叉の命を掬い上げた恩人でもあるらしい。
何ソレ当事者である俺全く知らねーんだけど。
口角をひくひくと痙攣させる銀時を尻目に、それはそうだろうと桂が頷く。


「袈裟に斬られたお前の背を縫い合わせたのは紛れもないあの男だ。お前の意識が戻らぬうちに姿を眩ませてしまったがな」


いつしか戦場に拡がった怪談染みた噂の一つに、真っ黒な医者の話があったろう。
声を潜める桂の相貌を見返し、銀時は肩口から背中にかけて残る身に覚えの無い傷痕へと片手を宛がった。
曰く、その者は仏の手を持つ医者である。
気紛れで、患者の選り好みをし、目玉の飛び出る程高額な報酬をふんだくり、平然と人を殺める、すくいようの無い医者である。
故にその者は『めだか』と呼ばれた。
掬えない、救えない、小賢しい魚、正鵠を射ているじゃないか、男はそう嗤ったそうだ。


「生きてさえいれば千切れた腕とて繋ぐ事が出来る、と聞いてな、これ幸いと訪ねてみたのだ」
「……よくんな金有ったな」


色々と込み上げるものはあったものの、絞り出すように唸った銀時へ、桂はあっけらかんと答えた。
あるわけなかろう、と。


「……は?」
「阿呆なことを抜かすな、どこにそんな金があると言うのだ」
「いやだって治療受けたんだろ?覚えちゃいねぇが、キレーに塞がってるしよぉ」


いつ負ったのかすら最早判別できないほどの昔から、その場所に鎮座していた大きな傷痕、血流が良くなった頃合いにうっすらと赤みを帯びるそれに気が付いたのは、割合最近のことだ。
訝る銀時に、そこは舌先三寸でな、と。
ランチタイム380円の掛け蕎麦をつるつると胃の腑に納めながら、指名手配の攘夷志士は事も無げに続ける。


「『治療費はこの白もじゃが宝払いで払うからヨロシク!』と、」
「俺はワンパークのゾフィかァァアアアアア!!」


銀時の容赦の無い蹴りが桂の頬を直撃した。
ぐぼぁ!
奇声を上げ蹲る桂を尚もげしげしと足蹴にし、幾らだ!俺の命は幾らだったコノヤロー!と叫ぶ銀時へエリザベスが制止のプラカードを掲げる。


「朝もはよからご苦労なこったな狂乱の貴公子さんよ」


あんまり俺たちの仕事増やすなよ、眠たげな目を擦りながら現れた長身の男に、銀時は音をたてて固まった。
暖かみを感じない低い声音、全身に突き刺さるような禍々しい殺気、染み一つ無い白衣の下にはシワ一つ無い漆黒の隊服。
道端に落ちるゴミを見るような色の無い眼で男二人を見下ろす、話中の人物がそこに居た。


「久しいな、めだか。お前もどうだ、美味いぞぉ蕎麦は」
「その名は止めろ。あと私、饂飩派なので」
「なんだと貴様そこに直れぇええええ!」
「五月蝿いんですよアナタは。こちとらどっかの馬鹿共が馬鹿やらかしたせいで丸二日寝てないんですよくたばれ攘夷志士」
「幕府の犬が御苦労なことだお前がくたばれ薮医者」


いやお前が死ね、いやいやお前が死ね。
見上げる桂に見下ろす御門の視線が火花を散らす。
一触即発の中、御門の瞳がいまだ動けずにいる銀時へと向けられた。
そのまま素早くぐるりと回りを見渡し、意中の相手が居ないと見るや否や、ああこれはこれは坂田さん息災のご様子で何よりです、と。
蛇のような酷薄さで舌打ちと共に紡がれたあんまりな挨拶に、銀時の背を汗が伝う。


「平日の真っ昼間からファミレスでパフェとは……万事屋家業とは随分と御苦労な身分なんですね」


出たよ、二重人格。
ソーデスネー、適当な相槌を返しつつ、銀時は隣に腰かけた男へと顔を向けないよう溶け掛けたパフェを口に含む。味なんてわかるわけがない。
と言うか何故隣に座ったんだ。
煩悶する銀時に、御門は二三口ごもると切れ長の目尻を赤くさせながら、パー子さんはご健在だろうかと消え入りそうな音量で訊ねた。
来たよ、ツンデレ。
元気っすよチョー元気、今日出勤らしいっスよ。
自暴自棄に応える銀時へ、桂は呆れた風に溜め息を吐く。


「何を言っているんだ銀時、今日は俺たちのシフトではなかろ、うぶっ!」
「だぁーってろヅラァ!!」


半分以上残っていたランチタイム一割引のチョコパフェを容器ごと桂の顔面にめり込ませ、御門の顔色を窺う。
どことなく幸せそうな雰囲気で、そうか今日か、今日は居るのかと微笑む医者は幸い桂の言動に気が付いていないようだった。
銀時は胸を撫で下ろし、パー子の好きなものに探りを入れる医者へ生温い目を向ける。
甘いもん、好きっスよ。
(俺は)
イチゴ牛乳とか大好物っスよ。
(俺は)
プリンとかケーキとかいいんじゃね?もうほんと泣いて喜ぶよ、アイツ/俺。
現ナマでもいいけど、とは口にせず、頬杖をついた銀時は嬉しげな医者の横顔を眺める。
この男前も男前、高学歴高身長高収入の3Kを欲しいままにする、いけ好かない男が、よりによって女装した己に惚れているなんて。
世も末だねぇ、口の端を微かに緩めだらしなく呟く銀時に、桂が全くだと頷いた。




【はなにこがれたさかなのはなし】
(造花に焦がれたメダカの話)
続きを読む

ぐんないベイベ

※マヨラーと糖尿と時々医者









大きなマスクで顔を覆い、ぐずぐすと鼻を啜る男に声を掛けられたのは、本日終了の札を門扉に引っ掻けようと表へ出た時分の事である。
雪明かりに照らされた見るからに体調の悪そうなその男は、漆黒の双眸を苦しげに歪ませ、すまないが診てくれねぇか、と帰り支度を整えた医者へ向かって頭を下げた。
医者は微かに片眉を上げ、閉めたばかりの鍵を開ける。
お入りくださいと男を招き、襟巻きを緩めて暖房のスイッチを入れた。
暖かな診療所の空気に触れ安堵の息を吐く男は、江戸に出たばかりで医療機関に明るくないという。
行く先々で門前払いを食った、とぼやく男へ大変でしたねと苦笑を溢し、体温計を手渡す。
一分後、小さな液晶に並ぶ数字を見た医者は、こぢんまりとした点滴室へ有無を言わせず男を連行した。


どてらを脱がせ、替えの着流しを手渡す。
汗で湿った男の着物を洗濯機へ放り込み、点滴の準備をし、小さな冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出し、氷枕を作った。
針を片手に、腕を出してくださいと言った医者を、寝台へ横たわった男は苦々しく見上げる。
どうやらこのナリで注射が怖いらしい。
他に薬、ねぇのか。
まるで子供のような男の態度に、医者の口許が緩む。
仕方がないといった風体でポケットから薬を出せば、男の瞳がふっと和らぐ。


「座薬でよければ」


さあ尻を出せ。
笑顔で促す医者に、男は黙って腕を出した。


「…痛くねぇ」
「それはよかった」


抜けないようテープを貼り、男に布団を被せる。
どうやら今日は泊まりになりそうだ。
帰ったところで何があるわけでもない、隣のスナックで寝酒を舐めるしか予定がなかったのだ。
込み上げる欠伸を噛み殺し、医者は定位置である机に腰かけ男のカルテをつけた。




「へー、そう、俺より先に多串くんと会ってたの。俺より先に。あーほんとだわ、カルテの番号一桁だわ、俺なんか三桁だっつーのに多串くんは初期患者、プロトタイプ」
「何を妬いてるんだお前は…あと診察中は邪魔をするな。土方さん、胸の音を聞きますのでシャツを」
「ハイ脱いでー!」


銀髪の男によりびりびりと破かれたシャツだった布が床へ落ちる。
何しやがる万事屋ァアアア!
あらまー、ごめんねー
ぎゃんぎゃらと取っ組み合う大の男二人に、医者は痛む米神を押さえた。
あの夜以降、男は医者を掛かり付けに決めたらしく、やれ健康診断だ風邪だ疲労だ刃傷沙汰だと、なにかと顔を合わせるようになった。
最近はご無沙汰で、息災であるのだろうと喜ばしく思っていたのだが、原因は隣の男だったらしい。


「大体、何でテメェがここにいやがる!」
「依頼ですぅー、頼まれたからバイトしてるに決まってんだろーが!」
「借りたお金が返せないそうなので体で払ってもらってるんですよ、タダ働きの肉体労働です。口開けてください、あー、」


あー。
餌をねだる雛鳥のようにかぱりと開いた口内には、微かにニコチンの臭いが残っている。
土方さん、と改まる医者に、土方の背筋が伸びた。


「タバコの本数は減らしていますか?ただでさえ悪玉コレステロールの値が少し高めなんですから、マヨネーズとタバコをなんとかしないと……なんか爆発します」
「してたまるかぁああああ!なんだその適当な診察!起こるわけねーだろ爆発なんか!」
「動脈硬化、脳卒中、狭心症、心筋梗塞、肺癌、口腔癌、肥満、その他諸々…散々お話ししました。打開策も話し合って妥協案も出して、正直もう面倒です、言っても聞かない患者に裂く時間はありません、帰れ」
「酷くね!?」


がくりと項垂れる土方を指差しプギャーと爆笑している男へカルテを投げつけ、医者は青筋を浮かべる。


「笑っている場合か。甘いものは控えろ、パフェは週一だとアレほど言ったにも関わらずこの血糖値は何だ銀時」
「戻ってる!口調が昔に戻ってる!」


太い注射器を二本構え、雷を背負い阿修羅と化す医者に、患者二人は身を縮ませ子羊のごとく震える。
安心しろ中身は栄養剤だ。
にっこり、と。
お日様のように慈愛に満ちた、見るもの全てを癒す暖かな笑みを浮かべ、医者はその手を振り下ろした。




【お医者さんの言うことは聞きなさい!】

ぐんないベイベ

※銀女医
※短い







ドクター!
己を呼ぶ声に思考を手繰り寄せた。
考え事をしているうちに、遅れてしまったらしい。
少しばかり先でぶんぶかと腕を振る神楽に手を振り返し、女は隣を歩く男へと視線を向けた。
男は気だるげな紅い瞳を眠気に潤ませ、片手に重箱の包みを持ちながら女の歩幅に会わせるようゆったりと歩いている。


「せっかくの休みなのにわりーな。ガキ共がどーしてもっつぅからよォ」
「いや、丁度花見をしたかったところだから」


そうか。
くつりと喉を鳴らした男に苦笑を溢し、空を見上げた。
澄み切った青空に千切れ雲が流れている。
視界の両側を占める桜とのコントラストが、酷く綺麗だった。
男の空いていた片手がするりと女の手を絡めとり、隙間なく繋がれる。
女はさして驚きもせず捕らわれた手に力を込め、照れ臭そうに頬を掻いた。


「なぁ、」
「うん」
「…結婚、しねぇ?」
「うーん、」
「そこは即答しろよ」


そうだなぁ、お決まりの困り顔で笑った女は、繋がれた腕を思いきり引き寄せ、そしてーーー



【ふたりぼっち+α=幸せ】

前の記事へ 次の記事へ
カレンダー
<< 2024年04月 >>
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30