※銀×医者















実際の所、銀時は千歳が何をすれば喜ぶのか解らないし、何をすれば可哀相ではないのかもよく解らない。
泣いてるのなら護ってやりたい、笑っていれば安心する。
何も難しくはない。
ただそれだけの事だ。
泣かせたい訳じゃねーんだよなぁ、いや、啼かせてはみたいけれども。

薄い衝立の向こう側でぴすぴすと寝息を立てる幼馴染みへごろりと体を向け、銀時はこみ上げるあくびを噛み殺した。
草木も眠る丑三つ時、どうしてだか目が覚めてしまった。
寝直そうにも一度逃げた眠気は早々寄ってきてくれそうにもなく、こうしてまんじりともせずに衝立の向こうを睨んでいる。
気持ち良さそうに寝てやがんなぁ。
半ば八つ当たりぎみに鼻を鳴らした銀時は、頬を撫でる冷たい風に身を震わせた。
暑いからと開けたままだった窓から時折吹き込む夜風は、夏の熱気に当てられていた肌を容赦なく冷やしていく。
あーあーメンドクセェ、気だるげに布団を抜け出した銀時が障子を閉めるその後ろで、小さなくしゃみが暗闇に響いた。


「千歳ー、千歳さーん、起きてんのー?」


押し入れから聞こえる同居人の寝息に耳をそばだてながら盛り上がったもう片方の布団へにじり寄るも、夢の住人となっている幼馴染みは我関せずとばかりにぐうすか眠っている。
同じ年の頃の男と女が一つ屋根の下で寝ていると言うのに、よくもまぁここまで無防備を晒せるものだ。
信頼されているのか、はたまた異性と認識されていないのか。
どちらにせよ辛いものがある。
ぶしゅっ、色気も何もないくしゃみが幼馴染みから発せられた。
小さく体を丸め、薄い掛布一枚を腹にかけただけの格好で寒くなったのだろう。
しゃーねーなァ。
誰に対する言い訳なのか、風邪を引いたりしたら困るだけで別に下心がどうとかじゃないですけどと呟き、銀時は小柄な女の身体を腕の中に閉じ込め掛布で首元から足の先までをもすっぽりと覆った。
榛色の髪に頬を擦り寄せれば、染み付いた薬品の臭いが鼻先をくすぐる。
青臭いような、薬臭いような、昔から何一つ変わらない匂いだった。
夜気に冷えた肌が重なり、じわりと熱を増してゆく中、遠退きかけていた睡魔が銀時の瞼を重くする。


「ほんとに贅沢者だよ、おめーはよぉ」


銀さんが一緒に寝てやってんだから。
両の腕に収まってしまった幼馴染みの存在を確かめるように、ぎゅうと抱き締める。
昔から、銀時は千歳が何をすれば喜ぶのか解らなかったし、何をすれば可哀相ではないのかもよく解らなかった。
泣いてるのなら護ってやりたい、笑っていれば安心する。
何も難しくはない。
ただそれだけの事であるのだが、誰かの隣で幸せになるようにと祈ることは終ぞ出来ず、幸せにしてやるとも未だ言えずにここまで来てしまった。
お前、今しあわせか?
そう尋ねれば、女は笑って頷くだろうか。
頷いて、くれるだろうか。

なあ、と呟いた銀時の声に寝惚ける女の表情がふにゃりと緩む。
何の夢を見ているのだろう、不意に女の口から零れ落ちた己の名の、いとおしげな響きに、銀時は嗚呼と息を吐いた。



【だれにもあげない】