※銀さんとままならない話











私はただ単純に貴女に恋をしただけなのです。
殺伐とした日常に現れた可憐な一輪の花。
ささくれた心を包んでくれる貴女の微笑みに、私はいつしか想いを寄せるようになりました。
危険と隣り合わせの日々ですが、それでも貴女と歩みたいと、私はそう思って、





思ってるんですけどね!貴方はいつもいつもいつもい
つもおおおおお!!
何なんだ!俺に何か恨みでもあるのか!?はっ…解ったぞ、坂田さん貴方…あの人に惚れているんですね、だから私をあの人から遠ざける!
解りました、私も男です。
腹を括って貴方と向かい合いましょう。
坂田さん、貴方にあの人は渡さない。
あの人は、あの人は…



「パー子さん私が幸せにする!」










「何でだァアアアアアアア!
何でだよ何であのセンセ気ぃつかねーんだよ解んだろ普通!パー子=俺!俺=パー子!此処どこだと思ってんのオカマバーだよオカマバー!女じゃねーのよオカマだっつの!銀さんはオカマじゃないけどね!仕事で仕方なくだけどね!真選組にはバカしかいねーのか!!!」


ばっさぁ。
貢ぎ物である桃色の着物を投げ捨て、坂田銀時は肩を怒らせた。
何が悲しくてノーマルな自分が、同じくノーマルな男に愛を囁かれなければいけないのか。
眼前にはパー子様へと書かれた貢ぎ物の数々が列を並べている。
値の張るであろう着物を始め、安くはないアクセサリー、ブランドもののバッグ、全宇宙お取り寄せスイーツ、メイクボックスえとせとら。


「ちょっとこれすごいわよパー子!ロ・ブラリーに歩生鈍、こすめでこるたに、ドゥメラールまで!」
「…これ、確か一つ十五万ぐらいするんじゃなかったかしら」


でぃあじゃねーよ、ふろむじゃねーよ。
かまっ娘倶楽部の『パー子』にご執心である男のふやけた笑みを思い浮かべながら、銀時は老舗の有名な焼き菓子を口へ放り込んだ。

男が職場の上司に連れられ店へと現れたのは二月ほど前の話である。
上も下も真ん中もちっとも言うことを聞きやしないんだと暗い影を背負いつつ大きな体を丸める男へ、慰めるような美辞麗句を並べたのはパー子として手伝いに駆り出されていた銀時だった。
辛かったのねぇ、お兄さんは頑張ってるわよ、どこにでもあるような台詞を適当に並べて、高い酒を飲ませて売り上げに貢献した。
おかげで報酬に色が付き溜まった家賃に当てることができたのだが、それ以来何を気に入ったのか、武装警察真選組の隊医様は毎日のようにパー子を指名したのだ。
始めのうちは銀時も両手を上げて喜んだ。
ドンペリやら高い酒を次々と開ける男の金払いはいっそのこと見事なものであり、出来高によって払われる給金で銀時の懐もみるみるうちに潤っていった。
甘いものが好きだと言えば抱えきれないほどのスイーツを、着物が古くなってきたと溢せば翌日には己に似合うであろうデザインの着物が何着も楽屋に届く。
至れり尽くせり、おさわりの一つもなくよくも此処まで貢げるものだと感心する。
まぁたまに気のある素振りで甘えてみたりと、あくまでもキャストとしての範囲でサービスしてやったことはあったのだが。

俺の魅力もてぇしたもんだと鼻唄混じりにかぶき町を歩く銀時が、件の医者を見かけて声を掛けようとしたのは自明の理である。
たまにはパー子の中の人として、坂田銀時として隊医様をもてなしてやるか、どっかに飲みに行ってコネでも作って次の仕事に繋げるか。
そんなことを考えながら白衣の男に近づき、いつもパー子がお世話になってまーすと銀時は片手を上げる。

だから、


「…失礼ですが、どちら様でしょうか」


なんて。
よそ行きの笑みを張り付けた『武装警察真選組医局長、御門千歳』の冷ややかな貌に受けた衝撃は言い表し様の無いものであった。
例えるならばそう、物凄くなついていた犬が、ある日突然自分をカーストの最下層に位置付けてしまったかのような。
持ち上げて持ち上げて大事に大事にしてきたのはそっちじゃないか、何なんだその敵意にまみれた怖い目は!

冷冷たる隊医の視線に負けた銀時は、あ、いえ、ヒトチガイデシタと尻尾を巻いて退散することになった。
あんまりなもあんまりな扱いに少しばかり視界が滲んでしまったのは、墓の中まで持っていく秘密である。

結局何処へも寄らず帰った万事屋の布団の中で、ショックの余韻を引き摺りながら銀時は朧気な予想を立てた。
もしかしてあいつ、中身が俺だって解ってないんじゃね?
中身が俺、というよりもパー子の中身が坂田銀時であること、パー子が男である
ことを理解していない可能性がある。
んなアホな。
ないないないないそれはない、いくらなんでもそれはないだろうと結論付けた銀時だが、結果から言うとビンゴであった。


あの浮わついた侍は知り合いですか、どことなく不安げな表情でそう切り出した男に、パー子は思いきりひきつった笑顔を返す。
え〜誰のことだかパー子ぜんぜんわかんなぁーい!もしかしてストーカー?ヤダきもーい。
先生アタシこわぁーいと男の腕に体をぴたりと寄せれば、見た目とは裏腹にうぶな隊医様は目尻を赤くして顔を背ける。
照れ隠しにウィスキーを飲み干す男に若干引きつつ、銀時は溜め息を吐いた。
この男マジだわ、と。

案の定、それ以来『坂田銀時』に対する男の態度は、完全に敵を見るソレだった。
自業自得とは言え、町で会えば背筋が冷えるような視線と棘のある言葉がぽんぽん飛んでくるのだから堪ったものじゃない。
こちとらガラスのハートなのだ、銀さんのハートは繊細なガラス細工なのだ、銀さんだって傷付くのだから、本当にやめてほしい。
その癖、店に来れば柔らかな笑顔と優しげな声音でパー子をどろどろになるほど甘やかして、肯定して、情を注ぐのだから質が悪い。
どういつじんぶつです、と叫び出したくなると言うものだろう。
なんというか、隊医様の目が節穴過ぎて非常に面白くない。
身体のゴツさとか、声の低さとか、女じゃないことはわかりきっていることだと言うのに、なぜ気づかないのか。
髪の色も眼の色も同じだと言うのに、本当になぜ気付かないのか。
パー子は甘やかすくせに、銀時には冷たく当たる。
パー子には好きだ好きだと瞳で訴えるくせに、銀時にはとびきりの殺気を叩き付けるように送ってくる。
穏やかを人物にしたようなあの医者がどんな修羅場を潜ったのかは知らないが、戦争中でもあそこまで攻撃的な視線は貰ったことがないのだから相当である。
面白くない。
究極に面白くない。

ファミレスのパフェを突っつきながらぶつくさと文句を垂れる銀時に、愚痴を聞かされていた桂は蕎麦を啜る手を止め不思議そうに小首を傾げた。
なんだ銀時、お前めだかに惚れたのか、と。


「おいまて、何でそうなる」


つか、めだかって何。
知り合いかと詰め寄る銀時に、桂はふむ、と腕を組む。
あれはいつだったかと続けられた話によると、どうやら件の隊医様は昔攘夷戦争に参加していた志士であり、白夜叉の命を掬い上げた恩人でもあるらしい。
何ソレ当事者である俺全く知らねーんだけど。
口角をひくひくと痙攣させる銀時を尻目に、それはそうだろうと桂が頷く。


「袈裟に斬られたお前の背を縫い合わせたのは紛れもないあの男だ。お前の意識が戻らぬうちに姿を眩ませてしまったがな」


いつしか戦場に拡がった怪談染みた噂の一つに、真っ黒な医者の話があったろう。
声を潜める桂の相貌を見返し、銀時は肩口から背中にかけて残る身に覚えの無い傷痕へと片手を宛がった。
曰く、その者は仏の手を持つ医者である。
気紛れで、患者の選り好みをし、目玉の飛び出る程高額な報酬をふんだくり、平然と人を殺める、すくいようの無い医者である。
故にその者は『めだか』と呼ばれた。
掬えない、救えない、小賢しい魚、正鵠を射ているじゃないか、男はそう嗤ったそうだ。


「生きてさえいれば千切れた腕とて繋ぐ事が出来る、と聞いてな、これ幸いと訪ねてみたのだ」
「……よくんな金有ったな」


色々と込み上げるものはあったものの、絞り出すように唸った銀時へ、桂はあっけらかんと答えた。
あるわけなかろう、と。


「……は?」
「阿呆なことを抜かすな、どこにそんな金があると言うのだ」
「いやだって治療受けたんだろ?覚えちゃいねぇが、キレーに塞がってるしよぉ」


いつ負ったのかすら最早判別できないほどの昔から、その場所に鎮座していた大きな傷痕、血流が良くなった頃合いにうっすらと赤みを帯びるそれに気が付いたのは、割合最近のことだ。
訝る銀時に、そこは舌先三寸でな、と。
ランチタイム380円の掛け蕎麦をつるつると胃の腑に納めながら、指名手配の攘夷志士は事も無げに続ける。


「『治療費はこの白もじゃが宝払いで払うからヨロシク!』と、」
「俺はワンパークのゾフィかァァアアアアア!!」


銀時の容赦の無い蹴りが桂の頬を直撃した。
ぐぼぁ!
奇声を上げ蹲る桂を尚もげしげしと足蹴にし、幾らだ!俺の命は幾らだったコノヤロー!と叫ぶ銀時へエリザベスが制止のプラカードを掲げる。


「朝もはよからご苦労なこったな狂乱の貴公子さんよ」


あんまり俺たちの仕事増やすなよ、眠たげな目を擦りながら現れた長身の男に、銀時は音をたてて固まった。
暖かみを感じない低い声音、全身に突き刺さるような禍々しい殺気、染み一つ無い白衣の下にはシワ一つ無い漆黒の隊服。
道端に落ちるゴミを見るような色の無い眼で男二人を見下ろす、話中の人物がそこに居た。


「久しいな、めだか。お前もどうだ、美味いぞぉ蕎麦は」
「その名は止めろ。あと私、饂飩派なので」
「なんだと貴様そこに直れぇええええ!」
「五月蝿いんですよアナタは。こちとらどっかの馬鹿共が馬鹿やらかしたせいで丸二日寝てないんですよくたばれ攘夷志士」
「幕府の犬が御苦労なことだお前がくたばれ薮医者」


いやお前が死ね、いやいやお前が死ね。
見上げる桂に見下ろす御門の視線が火花を散らす。
一触即発の中、御門の瞳がいまだ動けずにいる銀時へと向けられた。
そのまま素早くぐるりと回りを見渡し、意中の相手が居ないと見るや否や、ああこれはこれは坂田さん息災のご様子で何よりです、と。
蛇のような酷薄さで舌打ちと共に紡がれたあんまりな挨拶に、銀時の背を汗が伝う。


「平日の真っ昼間からファミレスでパフェとは……万事屋家業とは随分と御苦労な身分なんですね」


出たよ、二重人格。
ソーデスネー、適当な相槌を返しつつ、銀時は隣に腰かけた男へと顔を向けないよう溶け掛けたパフェを口に含む。味なんてわかるわけがない。
と言うか何故隣に座ったんだ。
煩悶する銀時に、御門は二三口ごもると切れ長の目尻を赤くさせながら、パー子さんはご健在だろうかと消え入りそうな音量で訊ねた。
来たよ、ツンデレ。
元気っすよチョー元気、今日出勤らしいっスよ。
自暴自棄に応える銀時へ、桂は呆れた風に溜め息を吐く。


「何を言っているんだ銀時、今日は俺たちのシフトではなかろ、うぶっ!」
「だぁーってろヅラァ!!」


半分以上残っていたランチタイム一割引のチョコパフェを容器ごと桂の顔面にめり込ませ、御門の顔色を窺う。
どことなく幸せそうな雰囲気で、そうか今日か、今日は居るのかと微笑む医者は幸い桂の言動に気が付いていないようだった。
銀時は胸を撫で下ろし、パー子の好きなものに探りを入れる医者へ生温い目を向ける。
甘いもん、好きっスよ。
(俺は)
イチゴ牛乳とか大好物っスよ。
(俺は)
プリンとかケーキとかいいんじゃね?もうほんと泣いて喜ぶよ、アイツ/俺。
現ナマでもいいけど、とは口にせず、頬杖をついた銀時は嬉しげな医者の横顔を眺める。
この男前も男前、高学歴高身長高収入の3Kを欲しいままにする、いけ好かない男が、よりによって女装した己に惚れているなんて。
世も末だねぇ、口の端を微かに緩めだらしなく呟く銀時に、桂が全くだと頷いた。




【はなにこがれたさかなのはなし】
(造花に焦がれたメダカの話)