2024-2-25 20:36
満月と温泉旅行(Nゲー)
「……温泉、ですか?」
冬の、とある一日のことだった。
まだ、本格的に雪に埋もれる前の、肌寒くなりかけの季節。セッカの外れにある小さな屋敷に、ふとNがそんな話を持ってきた。
「イッシュではあまり馴染みがないけど、カントーだとかジョウト、シンオウか、あっちでは一般的なんだって。ほら、湯治って言葉もあって、病気の治癒にもいいとか」
全国各地を回っているNは、時折こうして、いろいろな情報を仕入れてやってくる。
「はぁ……温泉、ね」
それにしても、今回は温泉、ときたか。
たしかに、以前プラズマ団を結成する前にあちこちの地方を旅した際、ホウエン地方で見かけたことがあった。
あれはたしか砂風呂だったか。丁重にお断りした覚えがある。
「ゲーチス、あんまり乗り気じゃなさそうだね」
「……他人に肌を見せたいとは思いませんね」
元来、そういった風土にはなじみがない。
その上、あまり自由ではない体を晒したいとも思えない。
そのことは、義息もよくわかっているはずだが、と思いつつ右腕をそっとさすっていると、
「ああ、そういうことか。もちろん、貸し切りのお風呂を借りるつもりだよ」
「……貸し切り?」
「うん、大衆浴場じゃなくってね。……というか、すでに話はつけてあるんだけれど」
「ハイ?」
自分が了承するかもわからないうちに、いったいどういうことなのか。
疑惑のまなざしを向けると、Nはニコニコとほほ笑みつつ、ひとつ頷き返した。
「このあいだ、ジョウト地方のフスベシティに行ったんだ。それで、りゅうのあなを通っているとき、ポケモンに襲われている女の子を偶然助けてね。その子、近くの温泉旅館に勤めている子だったみたいで、お礼にぜひ泊まりに来てほしい、って言われているんだ」
「ハァ……なるほど?」
「部屋ごとにお風呂もあるみたいだから、大浴場に行かなくても大丈夫だし。だからちょうどいいかな、って」
と、Nはキラキラした眼差しでこちらを見つめている。
(女の子……ねぇ)
勤めている、という時点で年齢的にはNと近い年ごろなのだろう。
お礼にぜひ、と誘われた意味を、この息子が理解しているのかは怪しいところだ。
「そういうことなら、ま、構いませんよ。どうせ、ここが雪に囲まれたら、外に出るのも難しくなりますしね」
寒さが厳しくなると、不調の右半身はなおさら痛む。
今のうちに、少しでも療養しておくのは得策だろう。
助けられた相手は、おそらくNだけが来ると思っているだろうから、哀れに思うが。
「やった! じゃあ、ダークトリニティたちにも伝えてくるよ!」
Nは、こちらの返事にワッと嬉しそうに手を叩くと、声をはずませて部屋を飛び出していった。
「…………」
温泉など、自ら好き好んで行った記憶はない。
まさかこの年になって、しかも、義理の息子とともに行くことになろうとは。
「……少しは、マシになりますかね」
冷えで痛むこめかみを、そっと撫でた。
「ほんとに、本当にいいのかい?」
「ええ。我々は周囲を警戒しておりますので……お二人でご宿泊されてください」
ジョウト地方、フスベシティ。
これから旅館へ向かおうというタイミングで、ダークトリニティたちと別れることになった。
どうやら、表立って宿泊するつもりは最初からなかったらしい。Nが説き伏せようとしていたが、彼らの決意は変わなかった。
我々が旅館の前に移動する直前には、もう姿がなくなっていた。おそらく、周囲を油断なく見回っているのだろう。
「なんか、悪いな」
「彼らは要領がいいですから、交代で温泉に入るなりするでしょう」
彼ら自身、あぁやって行動するのはもはや習性のようなものだ。
仕事ができる者たちだから、うまくバランスをとって休むだろう。
来たのが平日だったこともあり、町中は案外人通りは少ない。夕方の、オレンジ色に染まった石畳につく杖の音が、やけに大きく耳についた。
「あ、ついたよ。ここだ」
「……これは、また」
Nが指し示した旅館に、思わず言葉を失う。
少女を助けた、などと言っていたから、家族経営の小さな宿だろうなんて思っていた。
しかし、目の前に現れた建物は、その想像の三倍は立派だったのだ。
瓦屋根と、夕暮れを反射する立派な漆喰の白い壁。まるで和風の城を思わせる、いかにも歴史のありそうな旅館だ。
「すごいだろう? ボクも、何度も遠慮したんだけど……どうしても、って言われてしまってね」
Nはあっけらかんと言い放って、杖を持つのと反対の腕をとって、歩き出す。
(……さすが、元プラズマ団の王、というべきか)
人たらしの才能は、いかんなく発揮されているようだ。
そのまま、流れるように旅館に入ってすぐのこと。
いらっしゃいませ、と出迎えたのはNと同年代くらいの少女だった。息子を見てすぐ、パッと頬を赤らめて表情を輝かせた。
あからさまな反応だが、当の本人はサッパリ向けられる好意を感じていないらしく、いたってなにごともない普通のあいさつを交わしている。
「やあ、こんばんは。お言葉に甘えてやってきてしまったよ。父もいっしょにね」
「この度はお誘い頂きありがとうございます。お世話になりますね」
息子の隣で営業スマイルを浮かべると、少女は緊張した面持ちでぺこぺこと頭を下げて、履物をすすめてきた。
Nに気をとられつつも、こちらにもキチンとした応対をするのを見るに、外観通り、格式の高い温泉宿のようだ。
少女に案内されるがまま、旅館の中を歩く。
廊下にはひのきの木の香りが漂い、浴衣姿の宿泊客がタオル片手に通り過ぎていく。
壁にパネルが等間隔に飾られていて、四季の移ろいを感じさせる水彩画が上品に並べられていた。
そのまま、部屋をいくつも通り過ぎ、長い廊下を進んだ先。離れの一室らしき部屋へと通された。
こちらへどうぞ、と勧められるがままに中へ入ると、広い畳の部屋に、Nがうわぁと感嘆の声を上げた。
「こんな……こんな素敵な部屋を借りてしまっていいのかな」
「ええ、ごゆっくりなさってくださいませ。うちの娘を助けていただいたのですから」
と、案内を終えた少女の後ろから、恰幅のいい女性がスッと姿を現した。紺色の落ち着いた着物に身を包み、丁寧に髪の毛がゆわれた姿を見るに、この旅館の女将なのだろう。
「N様、まことにありがとうございました。ご同行されているのはお父様でいらっしゃいますね。息子様のご親切に、重ねてお礼申し上げますわ」
彼女は、娘ともども深々と頭を下げた。それを見たNが、アワアワと慌てだすほどに。
「え、そんな……ボクは、偶然通りかかっただけですし」
「いいえ、いいえ!! それが、どんなにありがたかったことか……!!」
と、女将は照れる少女と慌てるNの前で、彼がいかにして娘を救ったか、を熱く語り出した。
曰く、野生ポケモンに少女が襲われていたところに、さっそうと割り込んで撃退し、ケガをしていたのを傷薬で治療をし、この宿まで送り届けてきたのだとか。
熱心に語る女将へ愛想笑いとテキトウな相槌を返しつつ、内心ヤレヤレと首を振った。
(この調子では、Nをこの娘の相手に、とでも言いだしそうな口ぶりだ)
事実、女将がNを見つめる瞳にも、なかなか熱がこもっている。
父を連れてきた、というのも、そういうお見合いめいたモノを感じさせてしまったのかもしれない。
現実問題としては、意味が百八十度くらい違うのだが。
「お夕飯は、またお時間をおいてご用意いたしますので……それまでは、ごゆるりとおくつろぎくださいませ」
「ええ、ありがとうございます」
一通りほめそやして満足がいったのか、女将は娘を連れて、ニッコリ笑って部屋を後にした。
ようやく部屋に二人きりとなり、深々と息をついた。
「やれやれ、疲れますね……まったく」
「あはは。ここまで感謝されると、ちょっと照れるね」
「アレは感謝だけ、というより……別の思惑でしょう」
「え? 思惑?」
「どうやら、オマエに婿にきて欲しいようですよ。人気者でよろしいですね」
まるで理解していない息子にサラッと言い放ち、杖を入口に立てかけて、畳に入った。
Nは、世界のあらゆる地方を旅してまわっている。その道中、いろいろな人々と出会って知見を深めているようだが、見目の麗しさも相まって、男女問わずモーションをかけられているようだ。
本人が気づいていないことの方が、圧倒的に多かったが。
「……そっか。そういうことだったのか」
「なんのメリットもなく、向こうも招きはしないでしょう。引く手あまたでよろしいことですね」
納得がいった、とばかりに頷くNを背後に、畳の中央に用意された卓の座布団に座り込んだ。
広い和室のその部屋は、ベランダ部分に大きな露天風呂が一つあり、その向こうに、大きくそびえる山が望める。
紅葉の時期もすぎ、針葉樹がいくつも並ぶその山を、夕暮れの赤が照らし上げて、真っ赤に景色を染め上げていた。
「ゲーチス」
「なんですか。お茶が飲みたいのなら自分で淹れなさ、っ?」
卓上の湯飲みを雑に二つ並べれば、クッ、と後ろに肩が引っ張られた。
予期しない力に体勢が崩れ、腕を後ろにつく。犯人に文句を言おうと口を開けたところで、フッと顔に影が落ちた。
「え、N? ん、む、っ」
抗議しようと開いた口の間から、息子の舌が入り込む。
ギョッとして離れようとするも、抵抗を封じ込めるように首の裏に手が回った。思わぬ口づけに呼吸が乱れ、くっ、と喉がなる。
舌の表面をくすぐるようにチロチロと舐められ、逃げるように舌を引けば、追いかけられて舌先でからめとられる。
敏感な器官が重なりあって、ぞわ、と背筋がしびれた。
「っ、ん、と、突然、なに……っ」
「だって……せっかく、二人で旅行に来たんだ。満喫しておかないと損でしょう?」
Nはスッと離れると、傍らのポットからお湯を出して、二つの湯飲みに茶を注ぐ。
「来るときにね、ダークトリニティに言われたんだよ」
濃く色の出たお茶と、かごに用意されていたまんじゅうを目の前に置いて、Nが気になることを言ってきた。
それにしても、今回は温泉、ときたか。
たしかに、以前プラズマ団を結成する前にあちこちの地方を旅した際、ホウエン地方で見かけたことがあった。
あれはたしか砂風呂だったか。丁重にお断りした覚えがある。
「ゲーチス、あんまり乗り気じゃなさそうだね」
「……他人に肌を見せたいとは思いませんね」
元来、そういった風土にはなじみがない。
その上、あまり自由ではない体を晒したいとも思えない。
そのことは、義息もよくわかっているはずだが、と思いつつ右腕をそっとさすっていると、
「ああ、そういうことか。もちろん、貸し切りのお風呂を借りるつもりだよ」
「……貸し切り?」
「うん、大衆浴場じゃなくってね。……というか、すでに話はつけてあるんだけれど」
「ハイ?」
自分が了承するかもわからないうちに、いったいどういうことなのか。
疑惑のまなざしを向けると、Nはニコニコとほほ笑みつつ、ひとつ頷き返した。
「このあいだ、ジョウト地方のフスベシティに行ったんだ。それで、りゅうのあなを通っているとき、ポケモンに襲われている女の子を偶然助けてね。その子、近くの温泉旅館に勤めている子だったみたいで、お礼にぜひ泊まりに来てほしい、って言われているんだ」
「ハァ……なるほど?」
「部屋ごとにお風呂もあるみたいだから、大浴場に行かなくても大丈夫だし。だからちょうどいいかな、って」
と、Nはキラキラした眼差しでこちらを見つめている。
(女の子……ねぇ)
勤めている、という時点で年齢的にはNと近い年ごろなのだろう。
お礼にぜひ、と誘われた意味を、この息子が理解しているのかは怪しいところだ。
「そういうことなら、ま、構いませんよ。どうせ、ここが雪に囲まれたら、外に出るのも難しくなりますしね」
寒さが厳しくなると、不調の右半身はなおさら痛む。
今のうちに、少しでも療養しておくのは得策だろう。
助けられた相手は、おそらくNだけが来ると思っているだろうから、哀れに思うが。
「やった! じゃあ、ダークトリニティたちにも伝えてくるよ!」
Nは、こちらの返事にワッと嬉しそうに手を叩くと、声をはずませて部屋を飛び出していった。
「…………」
温泉など、自ら好き好んで行った記憶はない。
まさかこの年になって、しかも、義理の息子とともに行くことになろうとは。
「……少しは、マシになりますかね」
冷えで痛むこめかみを、そっと撫でた。
「ほんとに、本当にいいのかい?」
「ええ。我々は周囲を警戒しておりますので……お二人でご宿泊されてください」
ジョウト地方、フスベシティ。
これから旅館へ向かおうというタイミングで、ダークトリニティたちと別れることになった。
どうやら、表立って宿泊するつもりは最初からなかったらしい。Nが説き伏せようとしていたが、彼らの決意は変わなかった。
我々が旅館の前に移動する直前には、もう姿がなくなっていた。おそらく、周囲を油断なく見回っているのだろう。
「なんか、悪いな」
「彼らは要領がいいですから、交代で温泉に入るなりするでしょう」
彼ら自身、あぁやって行動するのはもはや習性のようなものだ。
仕事ができる者たちだから、うまくバランスをとって休むだろう。
来たのが平日だったこともあり、町中は案外人通りは少ない。夕方の、オレンジ色に染まった石畳につく杖の音が、やけに大きく耳についた。
「あ、ついたよ。ここだ」
「……これは、また」
Nが指し示した旅館に、思わず言葉を失う。
少女を助けた、などと言っていたから、家族経営の小さな宿だろうなんて思っていた。
しかし、目の前に現れた建物は、その想像の三倍は立派だったのだ。
瓦屋根と、夕暮れを反射する立派な漆喰の白い壁。まるで和風の城を思わせる、いかにも歴史のありそうな旅館だ。
「すごいだろう? ボクも、何度も遠慮したんだけど……どうしても、って言われてしまってね」
Nはあっけらかんと言い放って、杖を持つのと反対の腕をとって、歩き出す。
(……さすが、元プラズマ団の王、というべきか)
人たらしの才能は、いかんなく発揮されているようだ。
そのまま、流れるように旅館に入ってすぐのこと。
いらっしゃいませ、と出迎えたのはNと同年代くらいの少女だった。息子を見てすぐ、パッと頬を赤らめて表情を輝かせた。
あからさまな反応だが、当の本人はサッパリ向けられる好意を感じていないらしく、いたってなにごともない普通のあいさつを交わしている。
「やあ、こんばんは。お言葉に甘えてやってきてしまったよ。父もいっしょにね」
「この度はお誘い頂きありがとうございます。お世話になりますね」
息子の隣で営業スマイルを浮かべると、少女は緊張した面持ちでぺこぺこと頭を下げて、履物をすすめてきた。
Nに気をとられつつも、こちらにもキチンとした応対をするのを見るに、外観通り、格式の高い温泉宿のようだ。
少女に案内されるがまま、旅館の中を歩く。
廊下にはひのきの木の香りが漂い、浴衣姿の宿泊客がタオル片手に通り過ぎていく。
壁にパネルが等間隔に飾られていて、四季の移ろいを感じさせる水彩画が上品に並べられていた。
そのまま、部屋をいくつも通り過ぎ、長い廊下を進んだ先。離れの一室らしき部屋へと通された。
こちらへどうぞ、と勧められるがままに中へ入ると、広い畳の部屋に、Nがうわぁと感嘆の声を上げた。
「こんな……こんな素敵な部屋を借りてしまっていいのかな」
「ええ、ごゆっくりなさってくださいませ。うちの娘を助けていただいたのですから」
と、案内を終えた少女の後ろから、恰幅のいい女性がスッと姿を現した。紺色の落ち着いた着物に身を包み、丁寧に髪の毛がゆわれた姿を見るに、この旅館の女将なのだろう。
「N様、まことにありがとうございました。ご同行されているのはお父様でいらっしゃいますね。息子様のご親切に、重ねてお礼申し上げますわ」
彼女は、娘ともども深々と頭を下げた。それを見たNが、アワアワと慌てだすほどに。
「え、そんな……ボクは、偶然通りかかっただけですし」
「いいえ、いいえ!! それが、どんなにありがたかったことか……!!」
と、女将は照れる少女と慌てるNの前で、彼がいかにして娘を救ったか、を熱く語り出した。
曰く、野生ポケモンに少女が襲われていたところに、さっそうと割り込んで撃退し、ケガをしていたのを傷薬で治療をし、この宿まで送り届けてきたのだとか。
熱心に語る女将へ愛想笑いとテキトウな相槌を返しつつ、内心ヤレヤレと首を振った。
(この調子では、Nをこの娘の相手に、とでも言いだしそうな口ぶりだ)
事実、女将がNを見つめる瞳にも、なかなか熱がこもっている。
父を連れてきた、というのも、そういうお見合いめいたモノを感じさせてしまったのかもしれない。
現実問題としては、意味が百八十度くらい違うのだが。
「お夕飯は、またお時間をおいてご用意いたしますので……それまでは、ごゆるりとおくつろぎくださいませ」
「ええ、ありがとうございます」
一通りほめそやして満足がいったのか、女将は娘を連れて、ニッコリ笑って部屋を後にした。
ようやく部屋に二人きりとなり、深々と息をついた。
「やれやれ、疲れますね……まったく」
「あはは。ここまで感謝されると、ちょっと照れるね」
「アレは感謝だけ、というより……別の思惑でしょう」
「え? 思惑?」
「どうやら、オマエに婿にきて欲しいようですよ。人気者でよろしいですね」
まるで理解していない息子にサラッと言い放ち、杖を入口に立てかけて、畳に入った。
Nは、世界のあらゆる地方を旅してまわっている。その道中、いろいろな人々と出会って知見を深めているようだが、見目の麗しさも相まって、男女問わずモーションをかけられているようだ。
本人が気づいていないことの方が、圧倒的に多かったが。
「……そっか。そういうことだったのか」
「なんのメリットもなく、向こうも招きはしないでしょう。引く手あまたでよろしいことですね」
納得がいった、とばかりに頷くNを背後に、畳の中央に用意された卓の座布団に座り込んだ。
広い和室のその部屋は、ベランダ部分に大きな露天風呂が一つあり、その向こうに、大きくそびえる山が望める。
紅葉の時期もすぎ、針葉樹がいくつも並ぶその山を、夕暮れの赤が照らし上げて、真っ赤に景色を染め上げていた。
「ゲーチス」
「なんですか。お茶が飲みたいのなら自分で淹れなさ、っ?」
卓上の湯飲みを雑に二つ並べれば、クッ、と後ろに肩が引っ張られた。
予期しない力に体勢が崩れ、腕を後ろにつく。犯人に文句を言おうと口を開けたところで、フッと顔に影が落ちた。
「え、N? ん、む、っ」
抗議しようと開いた口の間から、息子の舌が入り込む。
ギョッとして離れようとするも、抵抗を封じ込めるように首の裏に手が回った。思わぬ口づけに呼吸が乱れ、くっ、と喉がなる。
舌の表面をくすぐるようにチロチロと舐められ、逃げるように舌を引けば、追いかけられて舌先でからめとられる。
敏感な器官が重なりあって、ぞわ、と背筋がしびれた。
「っ、ん、と、突然、なに……っ」
「だって……せっかく、二人で旅行に来たんだ。満喫しておかないと損でしょう?」
Nはスッと離れると、傍らのポットからお湯を出して、二つの湯飲みに茶を注ぐ。
「来るときにね、ダークトリニティに言われたんだよ」
濃く色の出たお茶と、かごに用意されていたまんじゅうを目の前に置いて、Nが気になることを言ってきた。
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