「世界にふたり(アポサカ)」
外がひどい嵐。激しい雨音と風の音で、家の外の音が一切聞こえない。お互いの立てる音と声しか耳に入らなくて「世界に二人だけしかいないみたい」と言うので、大雨も悪くないなと思う。
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「天気予報は大当たりのようだな」
窓から外を見下ろして、ボスはヤレヤレ、と首をふった。
パシオ島内の視察。以前から、市街地とはなれた山沿いに古い空き家があったのを覚えていた自分が、ここに拠点のひとつを用意しては、と提案したのだ。
空き家といっても、人手から離れたのはそう古いことではないようで、島の組合に確認をとったところ、安価で売りに出ているという。
白い雪がはらりはらりと降り続く、静かな町だ。
「サカキ様、寒くありませんか?」
のんびりと町を見て回る自分のとなりを歩く同行人は、数分足らずの間隔で、同じ問いをくり返している。
「この程度、なんというコトはない」
「ま、マフラーを……せめてマフラーをお召しになってください……!」
と、いい加減我慢がきかなくなったのか、彼はいつから用意していたやら荷物からサッと青いマフラーを取り出した。
明け方近くのコテージだ。開放されたベランダ側の扉からは、春のすずしい空気が吹き込んでくる。
日の出前の空はすでにうっすらと明るく、紫と桃色の境界線が細く光彩をあらわにしていた。
「…………」
朝の訪れが近い時間帯に、しばし。寝台の上に横たわる人をジッと見下ろす。
うすく開いた唇。閉じられたまぶた。ほつれた前髪をそっと指先でとかせば、わずかに動く眉。
※アポサカですが、アポロさんが「抱かれたい」発言する箇所があります。
(最終的に逆転しますが)苦手な方はご注意ください※
なぜ部下に覆いかぶさられているのだろう。
目前で進行するながれを他人ごとのように見つめながら、遠い目で過去を回想した。
きっかけは、些細なことだった。
アポロ、ラムダ、ランス、アテナの幹部四名の働きがめざましく、彼らをねぎらう意図をこめ、特別賞与を配布した。
そしてそれとは別に、なにか要望があれば一つ叶えよう、と通達を出したのだ。
ロケット団が解散して、はや五年の歳月が流れた。
当時は意気消沈して、どうしようもないほど苦しんだ自分。抜け殻だった心も、今となってはいくらか整理がついて、日々をたんたんと過ごしているのが現状だ。
他の幹部メンバーたちとは連絡先こそ交換しているものの、あれ以来、ろくに通話もしていない。それはつまり、まだ誰もあの人を――かつてのボスを見つけられてはいない、ということだ。
「…………」
ジョウト地方を震撼させた、コガネのラジオ塔占拠事件。
その中心を担った自分は、その三年後の今、まったく違う土地にいる。
「いらっしゃいませ」
潮風の香りのふきこむ、海辺のカフェ。
アローラ地方のハウオリシティのそばに立つ、小さな個人経営のそこが、今の自分の職場なのだった。
どこまでも、今思えば愛でしかなかったのだ。
「……どうした、アポロ」
「あ、いえ」
朝の陽ざしに暖められた寝台の上で、ボーッと思考を巡らしていた。それがあまりにも微動だにしないモノであったから、かの人は不思議に思ったらしく、首をかしげてこちらを見た。その様は、かつてR団を指揮し世界を牛耳らんとした人であるというのに、どこか幼さを感じさせる。