「お疲れ様でした!」
「……ああ、きみは」
「ヒビキです。その……以前、滝裏の洞窟でお会いしましたよね」
トーナメント終了後。他に誰もいない控え室を訪れた少年は、ニコリと笑って紙袋をさし出してきた。
「これ、差し入れです」
「……なぜわたしに?」
「シルバーのお父さん、なんですよね。アイツにはいつも世話になってるし」
「もっと甘えても構わないが」
そう口に出した途端、目の前の息子はピシリと固まった。
あまりにも見事に動かなくなったものだから、一瞬、ポケモンの攻撃でも受けたのかと思ったほどだ。
「シルバー?」
名を呼ぶと、息子はパチリ、とひとつ瞬きをしてから、ギギギ、とブリキ人形さながらにぎこちなく体を動かした。
「あま……なん、だって?」
「甘えても構わない、と言ったんだ。……まあ、親らしいことなどロクにしていなかったのだから、いまさらと言えばいまさらだがな」
※以前投稿した氷河の激情(
www.pixiv.net)のその後のお話。
かなり不穏で、軽度のシル→サカの首絞め描写アリです。ご注意※
真夏の太陽が、ギラギラと容赦なく肌を焼く。額から流れる汗をぬぐいつつ、正面の光景に目を向けた。
濃い夏の色をした海。潮騒。しめり気を帯びた塩の匂い。砂浜から臨む大海の波は、大きく力強かった。
サクリ、と砂に靴が沈みこむのを感じつつ、小さく息をつく。
川に落ち、息子に拾われ介抱されて約ひと月。最初の頃ほどの不調はなくなったものの、体にまとわりつくダルさはまだ残っている。
今日は朝からシルバーも出かけ、部屋には自分一人。少し風にも当たりたくて、こうして息子の家からほど近い海辺まで足をのばしていた。
(……いつまでも、あそこにいるわけにもいかないし、な)
陽ざしに照り返す黄金の波を眺め、ゆるりと首をふる。部下たちの呼びかけに応えられず、再び子どもに敗北し、その上息子に看病されている、など。
※黒白親子前に書いていて、お互い初対面設定
シルサカと言いつつ、ここの段階ではケイ(ポケマス主人公)との方が絡んでます※
赤い髪、利発そうな表情、たたずまい。幻のポケモン、ホウオウとともに街を歩く姿に思わず足が止まった。
(……今のは?)
時空を渡る前、別れたはずの息子。
ロケット団が裏世界を牛耳っている元の世界で「より強くなってみせる」と親元を離れてひとり修行に出たはずの子どもだ。ここに姿を見せた、となれば理由は限られる。
「シルバー、お前もここに呼ばれたのか?」
「……っ!?」
「はっきり言っておく。……おれは、あんたに欲情する」
「……は」
面と向かっての開口一番。
数年ぶりに再会した息子は、赤い瞳を伏せて、言った。
「……なんだって?」
「あんたに、性欲を抱いてる。……抱きたいとさえ、思ってるってことさ」
聞き間違い。そう、ごまかす隙すら与えられることはなかった。
「親父……」
「……ああ。よく来たな、シルバー」
狭い、無機質な場所であった。鉄のさび色がじっとりと重い、ただ彼と自分だけの空間。かつて栄華を誇ったロケット団のボス。そんな人物が入るには似つかわしくない、薄暗い世界。
「ずいぶんとマメな面会だが、私生活は充実しているのか」
「別に。……あんたに心配されるようなことはねぇよ」
「……親父」
背を向けたその人影に、声をかける。ひと気のない街の外れ、木の下に風景の一部のように佇む黒衣の影は、一度袂を別ったのちに再会した、父親である。
「どうした、シルバー」
違う道を歩んでいることは、知っている。一度は解散した組織。その悪の総統。今ではただのトレーナーであるとは言うものの、すべての罪を忘れず背負っていることも知っている。
パシオの街中、日暮れ前の賑わう時間帯。
観光地ゆえか、買い物袋を抱えた主婦の姿は少なく、これから街にくり出すらしき若者や大人たちの姿があちこちに見受けられる。
それらの動線とは反対、街外れへと足を向け、ひとり闊歩していたときだ。
コツッ
細やかに敷きつめられた石畳の上をすべる靴音が、違和感をもって耳に届いたのは。
コツッ……カツッ
こちらの革靴が床をたたく音と重なるように、慎重に消された足音。
気配を殺す努力はうかがえる。しかし、粗が目立つ素人の動きだ。気づかないふりをするべきか、それとも正面きって向かいたつべきか。
少しだけ歩く速度を落とし、後ろを尾行する人物の動向をひそかに伺う。と。
「……っ、痛っ!」
ゴンッ、とつま先のひっかかるような音の直度、聞こえたうめき声。
大いに聞き覚えのあるそれに、思わず振り返った。
「……シルバー?」
実の息子が、そこには倒れこんでいたのだった。