「……温泉、ですか?」
冬の、とある一日のことだった。
まだ、本格的に雪に埋もれる前の、肌寒くなりかけの季節。セッカの外れにある小さな屋敷に、ふとNがそんな話を持ってきた。
「イッシュではあまり馴染みがないけど、カントーだとかジョウト、シンオウか、あっちでは一般的なんだって。ほら、湯治って言葉もあって、病気の治癒にもいいとか」
全国各地を回っているNは、時折こうして、いろいろな情報を仕入れてやってくる。
※悪の組織編最終章を受けてのお話
「……逃げましたか」
ロケット団幹部がいた場所を一瞥し、チッ、と舌打つ。
彼は、戦闘中に突如なにごとか連絡を受けると、すぐさま姿を消してしまった。
残されたのは、消化不良のまま残された自分ひとり。
キュレムをボールへ戻し、子どもたちが向かった行き先へと目を向けた。
「フン……倒したんですね、あの男を」
忠臣である幹部が引いたのだ。おそらくボスであるあの男の指示だろう。
部下相手にウサ晴らしでもと思ったものの、それなりの使い手であった相手との戦いは、実力差を知らしめる前に終わってしまった。
「……廃墟……?」
父の後につづいて辿り着いたのは、かなり年季の入った建物だった。
レンガの壁には枯れたツタが這いまわり、窓ガラスはひび割れ、垂れ下がったカーテンは継ぎはぎだらけだ。
場所としても、パシオのメイン街から遠く離れた森のそば。無論、パシオは人工島だし、本当の意味での廃墟は存在しないはずだが――。
「どうやら、そういったオブジェクト施設のようですね。他に利用者がいないので、ありがたく借りていますが」
「借りてる、って……許可は?」
「はっ、答える義理はありませんね」
「…………」
「…………」
「その。……腕、痛くないかい?」
「感覚はありませんから。この図を外野が見たら、さぞかし痛いでしょうけどね」
ケッ、と吐き捨てるように言い放った父に、ハハ、と苦笑いを返す。
場所は、パシオ島内のホテルの一室。同じソファの右端と左端に腰掛けた自分とゲーチスの間には、なんともいえない空気が漂っていた。
背もたれに体重を預けて脱力しつつ、チラッ、と視線を自らの左手首へと向ける。
ぐるりと手首を覆う、みどり色のツル。その一方は、不服そうにとなりに座る相手――ゲーチスの右手首へとつながれていた。
「N。別れましょう」
「……ゲーチス?」
「他に好きな人ができました。なので、サッサと別れてください」
「……はあ」
ベッドの上でひと息に言い放ったゲーチスに向けて、窓辺に座ったNは呆れきった顔を向けた。
「もうちょっと……棒読みを直す工夫をしたらどうかな」
「棒読みとは心外ですね。まごうことなき本心ですが」
にべもなく言い放つゲーチスは、マジメくさった表情でNを見た。視線を合わせたNは、ヤレヤレと言わんばかりに肩をすくめる。
※4/23(日)にチャレンジした60分勝負を推敲したものです。
推敲前のアーカイブはこちら→txtlive.net
「クッ……認めるか! この、ゲーチスが……こんな……っ!」
ザァアアア……
ドシャドシャと暴風雨が吹き荒れるさなか、ゲーチスは崖の上に立っていた。彼は不自由な右半身を庇うように体を捩りながら、するどくこちらをにらみつける。
ここ、パシオ。彼の陰謀に巻き込まれた人々によってもたらされた情報を手繰り、逃げる父を追いかけて、この場所まで追いかけてきたのが、今だ。
そういえば、とNはふと思った。
(眠っているの、見たことなかったな……昔は)
春の午後。半分だけ開けられた窓からは、季節が変わったばかりのやや冷えた風がサアッと吹き込んでくる。白い花びらが、ときどきホロホロと布団の上に散らばって、おだやかな午後の空気に彩りを添えた。
そんな、やわらかなこもれ日のさしこむ窓際で、となりに眠る人を、そっと見下ろした。
※ハルモニアに関して模造てんこ盛りです※
空が茜色から闇色へ変わる頃。褪せた草を踏みしめながら、Nは速足でパシオの街並みを歩いていた。
(すっかり遅くなってしまった)
シンボラーが夜空の星のひとつでもあるかのように、ふわふわと宙を舞っている。
トレーナーズサロンにて、ケイたちと話をした帰り。観覧車に夢中になっていたせいか、普段であれば宿に戻っている時間ゆえ、すでに空はうす暗い。
NゲーのBL本は
【題】自己愛の塊
【帯】あなたに忘れ去られることが死ぬほど怖い
【書き出し】ひとつが満たされれば次が出てきて、飽きるということを知らない。
です
shindanmaker.com
ひとつが満たされれば次が出てきて、飽きるということを知らない。トウヤと別れ、イッシュを離れ、色んな地方に旅をした。それから二年後、再びイッシュへ戻り、キョウヘイたちと父の陰謀を阻止もした。そしてまた、時を経ての、今。
パシオにやって来て、さまざまなトレーナーたちと出会った。父であり、父でない人物とも。そしてその、企みをも防いだ。その後、一時的な協力関係を結ぶことにはなったものの、これでゲーチスの野望が止まるはずもない。
きっと――いや、必ず。今後、なにか画策してくることだろう。
「…………」
トレーナーズサロンから外へ出て、暗い夜空をぼうっと見上げる。
※花吐き病ネタです※
こぼれる。こぼれる。大輪の花が。
それはプラズマ団が天下を支配し、ポケモンの解放活動が実に順調に進んでいた、とある日のことだった。
体調が、すぐれない。今までも、決して万全ではなかった己の体。しかし、野望を叶え、実質権力を牛耳っている今、不確定であった体調の波は安定していたはずだ。
心当たりといえば、ここのところコンを詰めすぎて寝不足が続いていることだろうか。今日は資料をまとめるのもほどほどにして、早めに床につこう。そう判断し、執務室を出たときだ。
「お疲れ、ゲーチス」
「N様。……なにか、御用でしたか?」
真正面から現れた王――Nと鉢合わせる。
「ううん。これから部屋へ戻るところ。ゲーチスは?」
「ええ。ワタクシも部屋へ帰るところです」