※女主の一日
目覚まし代わりの携帯電話がジャズのメロディを奏でる午前4時30、眠気眼を擦りながら起床。
顔を洗い、歯を磨いたら制服に着替え、キッチンへ向かう。
エプロンを身につけ朝食の準備、お義祖父さんは遊びに来ていないし、お義母さんとお義父さんが出張のため、暫くは二人分だ。
なめこの味噌汁に、ご飯、鮭を焼いて、ひじきの煮物を出して、お新香を小皿に盛る。
卵と納豆を並べ、海苔を添える。
一緒にお弁当の準備。
ご飯を詰めて、昨日作っておいた焼肉とほうれん草のお浸し、きんぴらごぼう、卵焼き、漬物、デザートの果物を彩りよく並べる。
おかずが少なかったので、自分の分から三枚ほど焼肉を弦一郎のお弁当に移す。
成長期の弦一郎のお弁当は、見てるだけでお腹一杯になるが、毎日美味しかったと米粒ひとつ残さず平らげてくれるので、結構嬉しい。
準備が済んだら、洗い立てのタオルとお手製スポーツドリンクを片手に道場へ。
身体から湯気を出し稽古をする弦一郎へ声を掛け、ドリンクを手渡す。
シャワーを浴びる弦一郎の着替えとバスタオルを脱衣所に置き、洗濯機を回す。
毎回思うんだか、弦一郎的には女の子に下着を洗わせることは、なんとも思わないんだろうか。
真っ白な褌が眩しくて、しょっぱい気持ちになった。
さっぱりした弦一郎にお茶碗を渡し、ご飯の時間。
何時に帰るとか、味噌汁が美味いとか、他愛のない話をする。
今日は部活が早く終わるらしい。
迎えに行くから待っていろと言われたが、電車賃の関係から私が立海へ向かった方が安いので却下。
食後のお茶を煎れ、休憩。
弦一郎を送り出し、登校。
何事もなく授業を終える。
地理のテストがちょっとヤバかった。
弦一郎に見つからないよう隠そうと思う。
放課後のカラオケを断り、弦一郎にメールを送り立海へ向かう。
他校の制服がちらほら見えるのは、テニス部の偵察らしい。
以前、流石王者だねと感心したところ、当たり前だとかまだまだだとか言いつつ心なしか嬉しそうだったっけ。
コートに集まる女生徒の熱気に圧倒されつつ、練習試合を観戦。
切原くんが柳くんに完封されていた。
柳くん凄いなぁ、あんなに目を細めているのにボールが見えるのか。
開眼した柳くんと目が合う。
反射的に謝った。
切原くんに見つかったらしい。
見えない尻尾を全力で振りながら近寄ってきたので、ポケットに入っていた飴をあげる。
こちらに気づいた弦一郎に小さく手を振る。
微かに頷かれた。
もう少しだから待っていてくれ、の意味だろう。
柳生くん会釈をすると、会釈を返された。
彼は【紳士】らしい。
テニスで紳士って何だろう。
ひたすらフェアなんだろうか。
皆の二つ名はよく解らないものが多い。
幸村くんが部活終了と言ったので、部室脇に移動。
桑原くんが挨拶してくれた。
彼は親切で、おおらかな良い人だと思う。
漬物ありがとなと言われた。
柳くんにごめんなさいと謝ると、苦笑した彼に頭を撫でられた。
きちんと見えている、と言われ、背筋が凍る。
柳くんの前で下手なことは考えられない。
きんぴらごぼうが薄味で美味しかったと言われた。
丸井くんにお菓子をねだられ、貰い物のガムをあげる。
好きなメーカーだったらしい。
ガムは食べないので、良かった。
卵焼きうまかったぜと笑っていたが、弦一郎、皆に分けてあげたのかな?
下手っすけど、と、切原くんが調理実習で作ったクッキーをくれた。
肉美味しかったんでお礼ッスと笑う切原くんの頭を弦一郎が叩く。
勝手にお弁当を漁られたらしい。
お腹空かなかったか聞くと、むすっとした顔で食堂のお握りを食べたと返された。
皆はこれからファミレスへ行くらしい。
幸村くんに誘われたので弦一郎を見上げると、少し考えた弦一郎は一言行くぞと私の手を取り歩き出した。
仁王くんと目が合う。
意味ありげににやりと笑われたので、こんにちは仁王くん、と困惑ぎみに笑顔を返す。
あまり話したことはないので、彼の事はよくわからない。
切原くんがと丸井くんがこちらを指差し驚愕する。
「えええ!!柳生先輩じゃなかったんすか!?」
「お前ら入れ替わってたのかよ!?」
「…やはりバレていましたか」
「完璧じゃと思っちょったんじゃがのう」
二人は時々入れ替わるらしい。
背丈も違うし、声も違うのになぜバレないのか、逆に聞きたい。
と言うか何故入れ替わっているのかと聞いたら、試合相手に精神的ダメージを与えるためだと言われた。
柳くんにルール違反ではないからなと頭を撫でられた。
柳くんはよく私の頭を撫でる。
彼曰く、ちょうど良い場所に頭があるから、らしい。
そんな「そこに山があるから登る」みたいな事を言われても困るんだけど。
然り気無く弦一郎に引き寄せられた。
ファミレスで夕食。
外食は久しぶりなので、普段食べないスープスパを頼む。
隣の弦一郎と一口ずつ交換したら、冷やかされた。
やっぱり「あーん」は駄目だったか。
何故からかわれているのか理解していない弦一郎に苦笑し、アイスティーを飲み干す。
帰り道、車道側を歩く弦一郎がぽつりと「お前が作る料理より美味いものはないな」とつまらなそうに言ったので、明日は久しぶりにビーフシチューを作ろうと思った。
帰宅し、弦一郎を入浴させる。
着替えを脱衣所に置き、洗濯物を片付けて、明日のお弁当と朝食の下準備。
おやすみと言いに来た弦一郎におやすみと返し、空っぽのお弁当箱を洗う。
綺麗に食べてもらえた。
嬉しいことだ。
ドリンクを作り、宿題を片付け、入浴。
目覚ましをセットして、十時に就寝。
今日も良い一日だった。
「…真田は一回爆発すれば良いんじゃないかな」
「なっ!?何を言うんだ幸村、」
「精市の言う通りだな、爆発しろ弦一郎」
「蓮二!?」
「ずるいッスよ副部長!!俺も美味いビーフシチュー作ってくれる彼女欲しいッス!!」
「よし、皆で材料を持ち寄って彼女にビーフシチューを作ってもらおうか。ちょうど、良い牛肉をお裾分けしてもらったんだ」
「さんせー!!俺、母ちゃんから赤ワインもらってくるッス!」
「ならば野菜は俺が用意しよう」
「私も野菜をお持ちしましょう」
「俺んちマッシュルームあるぜい」
「あー…そういやローリエがあったな」
「ほんなら俺はパンでも用意しようかの」
「お前達、勝手に話を進めるな!!」
「あ、もしもし、幸村だけど、…うん、あのね、お願いがあるんだ、うん…君のビーフシチューが食べたくてね…え?ふふ、ナイショ。材料は持っていくから…真田?真田はOKしたよ、…うん、ありがとう、それじゃあ、またね」
【彼女の一日】
(あの子にルーズリーフは日記に向かないって伝えておいてね真田)
(良いデータが取れた。地理が苦手ならこの柳蓮二が教えてやろう)
(…いや、必要ない。俺が教える)
(男の嫉妬は醜いぞ弦一郎)
(相変わらず凄い独占欲だね)