「なぁ、目ぇ…くれへん?」
「……何言ってんの」
「あれや、言い方が不味かったっちゅうんは認めるわ」
頼むからゴキブリ見るような目で見んといて。
ゴキブリなら未だマシだ。
益々酷いやん。
丸眼鏡の少年はそう力無く頷くと、唐揚げを一つ口に放った。
購買の自販機で買った紙パックへストローを突き刺した少女は、黒黒とした双眸を少年に向け、凡そ少女らしからぬ様で中身を啜る。
「俺は、自分の目、綺麗やと思う」
明らかに変化した少女の纏う雰囲気に、少年は一つふわりと笑った。
「自分が嫌いでもええ、自分が死んだら、俺にくれ」
柔和な瞳が細められ、少女はそれに戸惑うように片手を翳し、少年の視線を遮った。
「……こんなモンどうするつもり」
「あー…言うてもええけど…、引くなよ」
「どうかな」
「きれぇな赤やから、ホルマリン漬けて、墓まで大事に持ってく」
「馬鹿だね、あんた」
「あほ、関西人に馬鹿言うヤツがおるか」
自分も一応同郷なんやから、と眉を寄せ頬を膨らませる少年を適当に流し、少女は空の弁当箱を片付ける。
誰の眼も憚ること無く大の字に転がった少女に、少年は慌てて上着を脱いだ。
露にされた白い腿を隠すようにブレザーを少女へ放れば、真っ青な空に支配された屋上に彼女の笑い声が散る。
今日は余程機嫌が良いらしい、珍しいこともあるものだと少年も微笑った。
「…言われなくても、欲しけりゃあげるよ」
いつの間にか外されたカラーコンタクト、現れた一対の鮮やかな赤い虹彩が少年を射抜き、やがて瞼がそれを覆った。
「ほんま…あかんわぁ、自分」
主と松永は基本的によく似ている。
主は無意識下でそれを理解しているが、絶対認めたくないと思って居るから松永を避けて嫌うし、松永は主の奥底にある禍に気づき嘲りながらも【人らしい化物】の矛盾を好ましく思い、主を禍の化身、黒い禍その物として好いている。
男主にとっては嫌いな反面、ネガティブな意味で受け入れてしまえばこれほど居心地良い人間は居ないので、松永を望んで止まなくもある。
だから怖くても近づくし、どうしてだか憎みきれない。
松永にとって男主はいつきと同じ部類。
世の理を朧気ながら解っている聡い子供と同じ。
好きな人間にちやほやされたいと思うのは要は子供の我儘だと解っているから比較的優しい。
松永曰わく、男主は自分が助かりたいから弱者を救い仲間にし、己を囲う安穏を作り上げるためだけに他人を拾っているのだと確信している。
事実かもしれないと悩む男主。
己が好む都合の良い人間ばかりに囲まれ、祀られたいが為に可哀想な者を探しているのだろう?と聞かれてプツン。
トラウマスイッチ強制オンのち、マインドクラッシュ。
煩わしくなると手で追い払う感じ。
でも神仏が作り賜し生き人形のごとき來海の外見が目茶苦茶お気に入り。
しかも性格は穴だらけで矛盾に満ちていて壊れやすくて人臭くてでも化け物で完璧な外見の癖に全然完璧じゃないからさらにお気に入り。
死ぬときは一緒に連れていって水先案内人にでもしてやろうとか想っている。
結論、混ぜたら危険
柔らかさとは無縁である大腿に頭を乗せ微睡む男へ苦笑を零し、小十郎は傍らの笛を手にした。
楽譜など無い為即興だが、穏やかな空気そのままを息に乗せ指を滑らせる。
暫くすると寝転がっていた男の身体がもぞりと動き、うつ伏せになった。
男は小十郎の背に両腕を回し腹に顔を埋め、睡魔に蕩けた群青の双眸で小十郎を見上げる。
「煩せぇか」
もしやと思い尋ねると、否定の意と共にふにゃりと崩れた笑みが向けられた。
男の髪へ指を絡ませ名を呼ぶ。
男は幸せそうに両腕へ力を込めた。
「小十郎の笛、もっと聞かせて」
「一眠りするんじゃなかったのか」
「聞きながら、寝る。いや…寝ながら、聞く…かな」
「…器用なもんだな」
「好きなんだよ」
「笛が…か?」
喉を鳴らしながら悪戯っぽく口の端を吊り上げる小十郎に、男は眉を垂らしたお決まりの困り顔でお前が好きなんだと微笑んだ。