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sss会計


弾かれた鉄の玉がばちりと耳障りな音を立てた。
誰が得をするのか今一理解できない重さの算盤を片手で弄び、九十九十八は隣でぎんぎんと特徴的な鳴き声を上げる潮江文次郎を眺める。
草木も眠る丑三つ時もとうに過ぎた時分、まともに動く人影は二人分しかない。

一年二人は早々に脱落。
三年の左門は仕切りに寝ていないと繰り返していたが、寝ぼけ混じりの声は先程途切れてしまった。
何とはなしに左門へ視線を向け、九十九は目を見張った。
余程精神が参っていたのだろう、白目を剥いて口から涎を垂らす姿は痛ましい。
筆を置き立ち上がると、九十九は左門の瞼を下ろし口元を袖で拭ってやった。
どうせ墨で汚れた装束なのだ。
洗濯すれば済む事である。

九十九は深く溜息を吐き、左門の隣で眉間に皺を寄せていた四年の三木ヱ門へと身体を向けた。
辛うじて起きているようだが、白目は瞳と同じくらい赤く染まりアイドルと称されるほど整った顔には真っ黒な隈が居座っている。
焦点の合わない紅い目に涙の幕を張る後輩の頭巾へと掌を乗せ、ゆるゆると撫でた。
すると三木ヱ門は九十九の行動を非難するように一度だけ唇を歪め、糸が切れた操り人形の如く文机へと突っ伏す。
七日通しの徹夜は、やはりまだ四年でも厳しいかと内心一人ごち、九十九は自らの座布団へ尻を落とした。


年度末の決算が近づいて来た会計委員では、連日の夜更かしが続いている。
とはいえ一年の団蔵、左吉、三年の左門と四年の三木ヱ門には昼の授業を鑑みて仮眠を取らせていたのだが、流石に限界だったようだ。

かく言う九十九も己の限界が近付いていることを意識していた。
上級者で有る九十九と委員長の潮江に仮眠の時間などは当然無い。
九十九自身は授業や実習、お使いの間にこっそりと休息していたが、身体の疲れは溜まる一方だった。
およそ普通の算盤には出せないであろう金属音を響かせつつ、帳簿を捲る潮江へ顔を向ける。


「潮江委員長」


ちらりと寄越された視線に先を促され、九十九は眉を寄せる。
まだ続けるつもりかと暗に含めれば、潮江は目を揉みながら下級生を寝かせてやれと掠れ声で呟いた。


「お前ももう休め、今日は帰って良…、っておい何を」
「やかましい」


緑青色の襟首をひっ掴み、九十九は潮江を帳面から引き剥がした。
暴れる四肢を縄で縛りつけ、身動きの取れぬよう簀巻きにし肩で担ぐ。
どたばたと動いた所為だろう、目を覚ました左門と手を繋ぎ、左吉と団蔵を三木ヱ門へ手渡した。


「三木は二人を送り届けろ、その後は休んで良い。明日の休日は集まり無しだ。解ったか?解ったら解散。左門は俺と来い」


お疲れさまでしたの挨拶を背に受け、見当違いな方向へ進もうとした後輩の腕を引いた。
三年の長屋へ三年を放り込むと、九十九は未だ何か騒ぎ続ける潮江の口に丸薬を突っ込み五年長屋の自室、正確には綺麗に敷かれていた予備の布団へと転がす。


「てめ、つく…も、なに」
「飲ませたのは善法寺先輩に頂いた睡眠薬です。対猛獣用との事ですが貴方ならば問題はないでしょう。明日は休みです存分に寝てくださいつか俺ももう駄目です言いたいことは沢山ありますから後日言わせていただきます」


落ちる瞼を必死に持ち上げようと足掻き、舌っ足らずに講義する潮江に口の端を釣り上げ、九十九は敷きっぱなしにしていた布団へ潜り込む。
暖かく柔らかな布団の感触にお休みなさいと呟き、動かなくなった潮江を横目に九十九の意識は黒く塗りつぶされた。



【年度末の会計委員】


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