ぴちちちちとさえずる小鳥に微笑み、紅蓮に染まる秋の庭を眺めた。
あれは何の鳥だろう、目白かなぁ。
「雀だバカタレ」
問うた訳ではないのだが、いつの間にやら隣にいた男から律儀な答えを貰い苦笑する。
繊細な手付きで置かれた盆に乗る昼餉に目を煌めかせ、渡された箸を受け取り戴きますと手を合わせた。
お前は食わんのか、俺はもう済ませたとぽつりぽつり会話をしつつ啜る味噌汁はいつもの事ながら非常に美味い。
「うわ、俺キノコはシイタケ以外無理だって言ったじゃん」
「好き嫌いするな。茸に違いはないだろ」
「大雑把だなぁ…」
もち米で炊いた炊き込みご飯に混ざる季節の味覚は、たしかもう三度ほど変わったはずだ。
四季折々の何かしらを混ぜながら作られた三食を、有り難いと思いながら喰っているわけだが、共通の友人達によると己は大層な狂人らしい。
手製の漬け物…大根の甘酢漬けをぱりぱりと噛み砕き、くちた腹をさすり満足げに目を細めると、これまた絶妙なタイミングで横から茶が差し出された。
「ありがとな」
気の抜けた笑みで礼を言うと、急須を持ったままの男は目尻を赤くしてそっぽを向いてしまった。
忍頭巾の下に隠れた耳も真っ赤なんだろうなとほくそ笑みながら、食後のデザートを頬張る。
綺麗な屋敷で、花木に囲まれ、三食美味い飯付きで、さらにはデザートまでついているとか、恵まれているなぁと思う。
同居人とも馬が合うし、養って貰っている立場としては肩身が少しばかり狭いのだが、お前はただそこに居てくれるだけでよいのだと首筋に刃物当てられながら(それでも羞恥から真っ赤に熟れた顔で)言われれば、意味深な笑みを浮かべながら頷くしか他に道はあるまい。
読んで貰って判るように己は全く働いていない。
と言うよりこの屋敷から外へ出して貰えないのだから働きようがない。
勝手に出ればいいだろうと言われそうだが、頑丈な鎖に片足繋がれている状況じゃ忍術学園卒業した身だとて何一つ出来やしないのだ。
苦無は勿論の事コシコロから小さな針までありとあらゆる忍具を取り上げられ、己より優秀な戦忍に逃げたらどうなるかと刃物をちらつかされ、人気のない山里に繋がれて早幾月。
最初は噂を聞いた友人なんかが死に物狂いで助けに来てくれたもんだが、その都度同居人にボロクソ退治されやがて来なくなった。
お幸せにと書かれた捨て台詞ならぬ捨て葉書に米噛みが引き吊ったことは記憶に新しい。
えへん、えふんと咳払いした同居人は隈の残る端正な顔付きでもごもごと口を動かし、やっとの事で己の名を口にしたと思えばすぐ頬を赤らめ下を向く。
大の男らしからぬ仕草に、かあいらしいと感じてしまうのは、吊り橋効果とやらなのだろうか。
鋼のような身体を持つ男の腕を幾分か細い己の腕で引き寄せ、薄っぺらい胸に囲った。
押し倒せば簡単に蹂躙できるだろう相手に抱かれ、恥じらう男の姿は端から見ればとても滑稽なものなのだろう。
「十八、」
「文次郎汗臭い」
「ばっ…バカタレ!!あああああたりまえだ!」
臭いなら離せと喚きながらも、己に怪我をさせぬようきちんと計算された力で抗う男。
お前のにおいだから好きだと耳に吹き込めば、雄々しい双眸がとろりと惚ける。
背に回された腕が縋るように己を掻き抱くものだから、きっと己は、生涯この男から離れられないのだろう。
「俺から離れていくなよ十八、それだけは絶対に許さねぇ」
「面白くねぇ冗談吐くなよ文次郎。俺は今幸せだ」
頼むから、飽きたと言って俺を捨てる事だけはしないでくれよ。
かさついた口唇に己がそれを押し付け、からかい混じりにそう言った。
逃げる気?
有るわけがない。
ヤンデレ?
己に一筋なんて素敵じゃないか。
監禁?
別に不便ではないよ。
詰まるところ、
【暖簾に腕押し】
(接点なんかまるで無い『い組の優等生』と、たった一度だけ組んだ実習)(放たれた幾多の凶器に背を向け、きつく身体を抱いて庇った)(ただそれだけの間柄でした)