穴を掘ったら別の場所だったなんて、一体誰が信じるんだ?
木製の機械…の様な物を眼前に、ブラックはきつく瞠目した。
修行の岩屋で己とパートナーを鍛え、さてソウリュウシティヘ戻ろうかとバオッキーが地面に穴を掘った、のだが。
見えるはずの日光はなく、相も変わらず湿った土の臭いが鼻につく。
どう見ても洞窟の入り口ではない上に、あの機械は何だか動き出してやいないだろうか。
足下に跳ねる小石、揺れる地面、耳障りな金属音を反響させ回りだすドリル部分。
嗚呼厄介なことになった、
轟音を鳴り響かせ土竜のように突進してきた機械が、抉り取った岩を小柄な人影にぶつけんとした刹那。
ブラックは、溜め息混じりで腰のボールに手をかけた。
白い煙が晴れて視界が良好になる。
結果オーライで良いんだろうか。
ブラックは青白い電流を迸らせる黒い竜、伝説と称されるゼクロムへ労いと感謝の言葉を述べ、屈んだ頭を撫でる。
満足げに一声吠えたゼクロムは粉々に砕け散った…そう形容するしかない機械だった物を鼻で笑い、周囲に殺気を飛ばした。
見れば、薄汚れた格好の大人達が物騒な物を手に持ち、恐れ混じりに此方を威嚇している。
パートナーを場に出しているトレーナーと目を合わせていると言うのに、この場の誰もが己の手持ちも出さず殺気立ち武器を構えている。
不可解な大人達にブラックは眉を顰めた。
何かがおかしいと脳みそが警鐘を鳴らしている。
高まる無言の緊張感にゼクロムをボールへ戻すことも出来ず、どうしたものかと困り果てたとき、珍妙な格好の一人が当惑するブラックへと脚を進めた。
「お前さん、豊臣の人間か」
2メートルは有るかという巨体が、同じく巨大な鉄球を鎖で引きずっていた。
長い髪を後ろで縛り、やけに堅そうな服、以前何処かで見た鎧に似た物を身に纏い、両腕を拘束された男がブラックへと問い掛ける。
雰囲気的にこの男がリーダーなのだろうなとアタリを付け、ブラックは膠着した状態の打開策を求め口を開くことにした。
「俺は…カノコタウンのブラック。何故…貴方達はポケモンを出さない」
「かのこたうん…、ぶらっく、ぽけ…なに?お前さん南蛮人か?頼むから小生にも判る言葉で話してくれ」
…なんばんじんとは、何番の人間なのだろうか。
ブラックは頭を抱えた。
思えば最初から可笑しな事は沢山あったのだ。
まず空気が違う。
相手の対応も、トレーナー法に触れてしまう犯罪だ。
生き物の気配が違う、ゼクロムも何処か焦っている。
腰にセットしたボールもかたかたと不安げに揺れている。
穴を掘る技に失敗はない、やはり此処は修行の岩屋を出た場所なのだ。
ブラックはあまりの衝撃に白く霞む意識の中で、この世界はポケモンを知らない、即ちポケモンが居ない何処かであると結論付け、そのままガクリと力を抜いた。
「ゼクロム、みんなの回復とかどうしよう」
沈み込んだ侵入者に慌ただしくなる周囲とリーダーの大男を思考の隅に追いやり、ブラックはリュックの中にどれだけポケモンフード入れてたっけ、と、静かに涙を流した。
英雄くん、世界を救う旅に出る
(今回も望んでない)
(しかもハードルが高すぎる)
陰を背負い黄昏る主人に一体何事かと心配した手持ちが、勝手にボールを出るまであと少し。