生ぬるく湿った吐息が指先に纏わりついた。
大きな手だ、先程から掴まれたままの手首は、幾ら力を入れようとも微動だに出来ない。
動かせないのならば抵抗の意味がない。
來海は諦めたように、溶けた氷で薄まるばかりのウイスキーへ口を付けた。
黒田センセ、痛い。
熱が触れ合い暫く過ぎてから、困惑の色濃い來海の呟きが宙に舞った。
小さな古ぼけたラジオから聞こえるノイズ混じりのジャズが、客の居ないバーにゆったりと流れていた。
「お前さんの、指は」
えらくうまそうだ。
アルコールに麻痺し始めていた來海の頭が黒田の言葉を脳内で変換するよりも先に、刺すような鋭い痛みが指先から背筋を一気に駆け昇った。
「い…っ、黒田…、テメッ!」
「美味い、小生好みだ」
「ちょ…何言って、」
嫌がる相手を余所に、黒田は肉厚の赤黒い舌を來海の白い指に絡め、ずるずるぴちゃぴちゃと音を立てながら一心不乱に右手をむさぼる。
骨張った節に食らいつくと根元から爪までを歯でしごき、甲の肉に犬歯を当て紅い物が滲むまで柔らかい肌を吸う。
同情の眼差しを寄越す馴染みのマスターに助けを求めるが、鉄壁なまでものアルカイックスマイルにあえなく玉砕してしまった。
黒田先生…酒癖、悪すぎだろ。
不精髭の生えたオッサンの唾液まみれになっていく自分の手を見て、來海は鳥肌を抑えられなかった。
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柔道部顧問の黒田先生は酔うと噛み癖が出ます。
翌日來海ちゃんの首筋に付いた歯形を見て可哀想なぐらいあたふたすればいい。