われの話を聞きやれ雪代、と。
飲み干したグラスをカウンターへ叩きつけた男が口を開いて早数時間。
一つ空けて座っていた筈の席は怒涛の愚痴で何時しか遠くへ押しやられ、冷や汗を流しながら縮こまる來海の直ぐ側には近代的な電動車椅子があった。
「ぬしの、減っておらんな…われの酒は飲めぬか…悲しい、カナシイ」
「飲んでますよ大谷先生、飲んでます!!」
「あぁ、すまぬすまぬ…追加であったな…、ほぅれ、遠慮はいらぬ故」
飲みやれ。
水も氷も無しで、なみなみと注がれる芋焼酎。
濃度の差により揺れるコップ越しの世界に來海は深く息を吐き、酩酊する大谷を盗み見る。
恐らく元より酒に弱いのだろう、白い包帯から覗く大谷の爛れた皮膚が、まだらな桃色に染まっていた。
嗚呼珍しく、酔っている。
ざらついた布の感触が首筋を滑り、來海は反射的に身を竦ませる。
おもむろに電動車椅子から身を乗り出した大谷は強張る來海の身体を引き寄せ、その肩口にぴたりと頬を付けると、どちらかと言えば細い腕で來海を強く掻き抱いた。
「おー…よしよし、よしよし…」
「大谷先生、俺は犬じゃないんですけど」
「左様か」
「大谷先生、タクシー呼びますから帰りましょう」
「何と言うた?われは急に耳が遠くなった…聞こえんなァ雪代」
この野郎。
出そうになった拳を寸での所で押し止め、來海はジーンズのポケットから携帯を取り出してアドレス帳からタクシー会社の番号を探す。
薄暗い照明の中ようやく見つけた数字の羅列に通話ボタンを押そうとし、ひっそりと耳朶を打つ甘い低音に思わず指を止めた。
「われの病は伝染るゆえ…誰も彼もわれには近寄らぬ。稀に恋しくなるのよなァ、人の、熱が」
ぬしは、ぬくい。
うつらうつら傾く大谷の頭を柔らかく支え、來海は開いていた携帯をばくりと閉じた。
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生活指導の大谷先生は酔うと絡み魔になります。