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大殿ss

※大トロ→主♂







「…元就公」


倒壊した書籍の柱から庇うべく部屋の主を胸に抱き寄せた男は、額に青筋を立てつつも『いい加減にしろよこの好好爺』と心の内で唸った。
雪崩れた書の角が後ろ頭に直撃したようで、鈍いんだか鋭いんだか判断のつかない痛みが頭蓋の中をぐわんぐわんと縦横無尽に駆け巡っている。
悶絶する従者とは対照的に、逞しい武人の両の腕に後生大事に抱えられた主は、常のぽややんとした容貌で誤魔化すようにへらへらするばかりである。
毎度の事ながらすまないね、黒。
あはは、と笑って緩い顔をさらにゆるゆると溶かす壮年の男へ、黒と呼ばれた武人は深い溜め息を吐いた。
曰く、毎度の事だと解っているならやるんじゃない、と。


「ふふ、黒、くすぐったいよ」
「この体勢ですからね…全く…この間片付けたばかりではないですか」
「いやぁ、あはは。堺で珍しい史書が出たと聞いたもので、ついね」


かりかりと後頭を掻き、ばつが悪そうに眉を下げる男にやれやれと呟き、黒と呼ばれる男は身を起こした。
三月ほど前、嫌がる元就の尻をひっぱたき、蔵書の整理をしたばかりだと言うのに、この居室の有り様はなんだ。
慣れない手付きで鋸と槌をふるい、素人ながら中々の物が出来たと自画自賛した書棚へきちんと著者別、いろは順に並べたと言うのに。
重複している物はそれを必要とする臣下に、明らかに必要のない書は焚き上げ、総数を減らし、寝所を確保し、人として当たり前の暮らしができるよう取り計らって庵を辞したと言うのに。
うっすらと散る埃に、乱れた万年床。
辛うじて身形は整えているようだが、癖のある白髪は結ってはいるもののあちこちに跳ねていて、寝間着代わりの狩り衣は少々よれている。
大きな戦が終わり、家のしがらみから解き放たれた謀神、毛利元就は、念願の安寧たる老後にどっぷりと浸かりきっている。

くきゅう。
主の腹で啜り泣く虫の、断末魔にも似た哀れな悲鳴に黒の頬が引き吊る。
ほぼ同時に元就の頬も引き吊ったので、不味いとは思っているのだろう。
むしろそう思っていてくれないと、困るのだが。


「元就公、朝は」
「…ええと、まだだね」
「…今は、」
「うーん、まだ昼…、かなぁ」


涙袋に縁取られた穏やかな瞳が、つい…、と逸らされる。
開け放たれた障子の向こうから滲む橙色の光に、日の入り間近だと解っていてすっとぼけるのだから本当に手に負えない。

元就公。
空きっ腹に響く威圧的な黒狼の低音に表面上めっそりと肩を落とし、元就は口にはせず『でもね』と独りごちる。
こうでもしないと、君は私に会いに来てくれさえしないだろう?
本の山…は意図せずとも三月の間に自然と重なっていったものだが、髪や衣や食事はそうではない。
黒が戻る頃合いを見計らい、わざとだらしなさを演じたのだ。
人を寄せ付けぬ見た目とは裏腹に、誠実で、根が真面目で、世話焼き世話好きの男は、眼前のぐうたらを放ってはおけないのだから。
今だってほら、仕方ないお人だと嘆息する声は、柔らかく温かい温度で元就を甘やかす。
これから黒狼は、元就に食事を作り、湯を沸かし、背を洗い、寝床を整える。
明日からは書を片付け、元就の髪を切り、爪を切り、また書を片付けて、冗長だと切り捨てられる元就の話を興味深そうに聴き耽り、あまり評判のよろしくない著作を最後まで読み、床へ就くまでの見張りがてらに寝物語まで付き合ってくれるのだろう。

全く三月は長すぎた。

厨へと向かった後ろ姿をぼんやり眺めつつ、元就は伸びた襟足を鬱陶しげに擦る。
天下人へ恩を売るため少し貸し出すだけのつもりが、黒狼の人柄と武勇によって事態はあまり宜しくない方へと転がってしまったようだ。
歴戦の勇士を欲しがる輩は、太閤の世となった今であっても腐るほど居るが、こうもしつこいと手を回さざるを得なくなってしまう。
心身ともに健やかな安寧たる余生を送るため、いとおしい男と自分のささやかな幸せのため、最後に一つ手を黒くしてみようか、と。
漂い始めた味噌汁の、食欲をそそる香りに相好を崩し、元就は険を孕んだ瞳でうっすらと微笑んだ。



【墓場に近き老いらくの】
(恋は怖るる何ものもなし)



その後、あれよあれよと言う間に雇い主から暇を出された黒狼が、首を傾げつつもこれで心配事のもとへ帰れると安堵したのはまた別の話。







いつかぺろっと食べられそうな主♂(年齢不詳オカン系ガチムキ)と、外堀埋めて手ぐすね引いてる容赦のない謀神。
ヤバイ歴男にヤバイ目のつけられ方をした歴戦の勇士は、わりと猪武者なのでガンガン謀に引っ掛かるけど気付かない。
張り巡らされた細やかな謀略知略計略も悉く粉砕し、ぶち壊し、戦況をひっくり返すため敵軍師には蛇蝎の如く嫌われたり畏れられたりしてる。
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