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ss小十郎



規則正しく耳をくすぐる軽快な音に頬を紅潮させ、男は漂ってくる芳ばしい匂いに鼻を鳴らした。
落ち着きなく窺う視線の先には、御玉杓子で鍋を混ぜる後ろ姿がある。
ぴんと伸ばされた厚い背に群青の双眸を細め、男は凛々しい眉を情けなく下げた。


「なぁ小十郎、やっぱり俺も何か手伝った方が…」
「いいから座ってろ、もう出来る」


振り返らず声だけ寄越した小十郎だが、その唇は弧を描いているのだろう。
政務から離れただけでこうも柔らかくなるものかと、男は息を吐いた。
襷をかけた着流しの袖から伸びる腕は日に焼けていながらも、雪国に住む者の白さを保っている。
きめの細かな肌が覆う固い筋の感触をまざまざと思い出し、男は知らず知らず背を庇った。
刻むように印された幾筋もの紅い爪痕が生む痛痒に、昨晩床を共にした情人のなまめかしくも艶やかな姿が浮かんでは消える。


「椀を出してくれ」
「ああ」


大振りの木椀二つを手に取り、男は小十郎の隣へと控え目に並ぶ。
撫で付けられた髪を見下ろせば、襟に隠れたうなじの辺りに鬱血が散らばっていた。
鮮やかさの失せ始めた血潮の色が愛慾をそそる。


ん、と。
無言で手を差し出され、片方の椀を小十郎へ手渡す。
御玉杓子で並々と注がれた味噌汁には、白い葱がこれでもかと隙間なく浮かんでいた。
男は味噌と葱の香りを肺一杯に吸い込み、小十郎へ笑みを溢す。


「美味しそう」
「馬鹿、美味ぇんだよ」


何が可笑しいのか解らぬまま、ふくふくと二人笑みを交わし合う。
冷める前にと卓へ並べ、手を合わせ頂きますと声を揃えた。



【些細、それ即ち】
(途方のない幸せである)



―――――――――――
愛してあげるネギがあまりにも小十郎小十郎してたので、つい。
きっとこの二人はあらゆる夫婦なんとかに囲まれてるに違いない。
夫婦茶碗から夫婦木椀、夫婦箸に夫婦皿…


ああ小十郎に味噌汁つくってもらいたい
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