味噌汁の良い香りに鼻を鳴らし、男はゆっくりと身体を起こした。
落ちそうになる瞼をこすりリビングへ向かう。
飾り気のないテーブルに並べられた朝食に眦を緩め、男は長い髪に付いた寝癖もそのままに、いただきますと手を合わせ箸を取った。
飯粒一つ残さず平らげた純和風の献立に機嫌を良くし、男は洗面台に立つ。
そういえばいつも使う歯磨き粉が切れかけていたなと見やれば、新品のそれが目に入った。
歯を磨き髪を整えた後、寝室のクローゼットを開ける。
糊のきいたワイシャツに皺一つ無いジャケットを見つけ、男は感嘆の息を吐いた。
青白く点滅する携帯のディスプレイを読み、苦笑する。
行ってきますと呟き扉を閉めると、頑張れよと聞こえた気がした。
「お、今日の弁当も愛情たっぷりだね來海ちゃん!」
「よお慶次、やっぱそう見えるか」
「バッチリ。色合いも良いし、栄養考えてるみたいだし、味も……美味っ!」
「勝手に喰うなよ」
卵焼きをかすめ取った大男の弁当箱から唐揚げを奪い、男はほうれん草のゴマ和えを口にした。
甘く舌に絡み付くような味付けは、男の好みを知り尽くしている。
嫌いな物など何一つない、けれど決して栄養のバランスを偏らせず作られた弁当を食べるようになったのは、此処最近のことであった。
張り込むに向かう同僚へ声を掛け、それきり弁当へと意識を集中させた男に、派手な形をした男は大きな溜め息を吐いた。
「良いよなぁ…理想のお嫁さんそのものだよ」
「…そうか?」
「この幸せ者!!ありがたみが全然解っちゃいないだろ!朝目が覚めたら美味い朝飯があって!足りない物にすぐ気が付くような料理上手できれい好きで家庭的な可愛い子!しかも俺たちの生活パターンに文句一つ言わないで付き添ってくれ…ムガッ」
「落ち着け慶次」
口内へとねじ込まれたペットボトルに苦しげな呻きを上げる大男を尻目に、男は携帯を開き眉根を寄せる。
継続的な光と止まらないバイブ振動に何事かと慶次が男の携帯をのぞき込むと、思わず眼を覆いたくなるような画面が映し出されていた。
【着信:129件】
【新着メール:587件】
「…………ちなみに、この弁当って…來海ちゃんの彼女の手作り、だよね?」
おそるおそると言った様相で己の顔色を伺う慶次に、男は至極真面目な顔でこう答えた。
「いや、誰が作ってんのか俺が聞きたい」
誰か知らねえけど献身的で酔狂な奴だよな。
ごちそうさまと呟き平然と新聞を眺め出した同僚に、慶次はひきつる頬を誤魔化すことが出来なかった。
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Q、誰が作ってたんですか?
A、小十郎です。
刑事な主に思いを寄せるストーカー893。
合い鍵も作ったし盗聴器も隠しカメラも仕掛けてある。
そんなストーカーから始まるほのぼのラブ。