スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

sss

*逆トリ:主×小十郎




同じ時代に産まれていたら。
ぽつりとそう呟いた小十郎に弥勒は小首を傾げた。
言葉の意味は理解できるものの、それに対する怒りもなければ落胆もない。
だから弥勒は農業新聞を読む小十郎に、同じくぽつりと答えていた。


「関係ないんじゃないか、時代とか、そう言うの」
「俺は帰るんだぞ」
「そうだろうな、」


なら、と続けられようとした台詞を遮り、弥勒は空になったコーヒーカップを手に取り立ち上がった。
沸かしてあったコーヒーを注ぎ、小十郎の方を振り返る。


「ただ、全部置いていけんじゃねえかって思うんだ、俺」
「おい」
「家族も、家も、財産も、安全も、命も、生きてきた軌跡も、こっちのモン全部置き去りにして身一つで」


ついて行くぞ。
あまり感情の色が窺えない声音に、小十郎は眉をしかめた。
弥勒は他愛のないことのように語っているが、実際どれだけ大変なことなのか解っているのだろうか、と。


「…馬鹿かお前、こっちの気持ちも考えてみろ。お前は戦のねえ世に住んでるんだぞ。そのまま此処で幸せに、」
なって欲しいと思うのが人の性だろうが。
口にしてから、小十郎は己の言葉に頭を抱えた。
あまりにも上っ面過ぎる、心のない言葉だった。
己ではない誰かと幸せになるのであろう、弥勒。
そんなものは、考えたくもなかった。

此処には残れない、だが弥勒は手放したくない、そんな子供じみた駄々を表に出す程、小十郎は幼くもなければ分別がつかないわけでもない。
どちらか二択であるのなら、取るべきは己の志である。
捨てなければならないのなら、せめて幸せにと。


「逆だ逆、お前の居ないこの世界じゃ俺は二度と幸せになれねぇよ。考えてもみろよ、朝起きても、帰ってきても、晩酌しても床についてもお前が居ない、そしたらまた朝になって絶望する…何処が幸せなんだよ」


唇を尖らせ小十郎の隣へと尻を落ち着かせた弥勒は、木彫りの皿に盛られたクッキーを口にする。


「女とでも添い遂げりゃいいだろう」
「無理だよ俺お前以外に勃たないから」
「昼間から何言ってやがる」
「照れないんだ」
「照れる歳でもねえだろう」


やることやってるしなと事も無げに言いのけた家主の頭を拳で小突き、小十郎は己の湯飲みから煎茶を啜った。
「まぁ下の話は置いといてだな…、俺の幸せを願うなら、置いていくなってことだ。俺からお前を引き剥がすな。帰るなとは言わない、その代わりお前の世界に行かせてくれ。…そんだけ惚れてんだ、解れ」
「其れがお前の幸せか」
「そうだよ、」
「馬鹿だな」
「よく言われる」


くつりと喉を鳴らした弥勒は小十郎の湯飲みを奪うと、流れるような動作でソファへと押し倒した。


「小十郎が俺に幸せを願うなら、これ以外に方法は無い」
「命が危うくなってもか」
「それでお前の傍に居られるのなら、俺は命を張る」
「掛けるとは言わねえのが、らしいっちゃらしいな…解った。テメェは俺が拐かす。待ったは無しだ」
「頼むぜ一騎当千、」
「まだ明るいだろ。日が沈むまで待てねえのか」
「無理」


鋭い音と共に閉じられたカーテンの向こうで蠢く人影が、炊飯器のスイッチを入れ忘れていたことに気付くのは、まだ、もう少し、後の事。


前の記事へ 次の記事へ
カレンダー
<< 2011年01月 >>
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31