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むくちなひつじ

※むくちなひつじ


額にかかる吐息で意識が覚醒した。
散漫な仕草で瞼を開けば、人工的でない綺麗な茶色が二つ此方を見つめている。
疲れているんだな、と。
労るような柔らかな声音で問われ、一言だけああと答えた。


「…酷い顔だ」
「少し…しんどいかもな」


目の下に居座り続ける隈は薄くなることもなく、入れ替わり続ける部下の名前を覚えることは単なるルーチンワークになりつつある。
一緒に、全員でと願って、祈って戦ってみても、気が付けば回りには誰もいない。
磨り減って磨り減って小さくなった心が重責に押し潰され、皹が入って欠けてしまっても、未だ地獄の終わりは見えてこない。
もういいんじゃないだろうか、そろそろ休んだって、誰も文句は言わないだろう。
サイドテーブルへ無造作に置いた、ホルスターの拳銃へと視線を投げる。
護身用のそれに伸ばした手は、アレクサンドルにあっさりと捕らわれてしまった。
金属と油、そして火薬の臭いが染み付いた己の手に、アレクサンドルの薄い唇が寄せられる。
何かに噛み千切られたような傷痕を真っ赤な厚い舌が舐め上げていった。


「くすぐったいだろサーシャ」
「余計なことは考えるな、」


鋭い目付きで有りながら、優しい顔をしているアレクサンドルの繊細な鼻梁に口付ける。
小さな子供にするように頭を撫でられ、肺から空気が抜けていった。
ああそうだ、折れかけた彼に意地汚くとも生き続けろと最もらしく説教をしたのは、俺と、合衆国エージェント様だったか。

先生、と。
わざと甘えた声で引き締まった腹に額を擦り付ける。
どくどくと巡る血潮が鼓膜を優しく揺らした。
まだ、死ねない。
死ぬわけにはいかない。
世界最高の探偵も、世界最悪の殺人鬼も、こんなところでくたばる様は見たくないと笑って無茶を言うだろう。
亡くした命は糧となり、引き継いだ意思は燃料になる。
いつか燃え尽きるそのときまで、誰かの糧となるそのときまで、愛しいものを守り続けよう。


「…お前の事しか考えてない。知らないのか?愛する人がいれば、男はいつだってヒーローになれるんだ」
「…おまえは日本人の癖に口がよく回るな、日本人は皆シャイだと聞いていたが」
「こんなオッサンは嫌か?」
「嫌いじゃないさ」


重ね合わせた唇は、とても熱かった。




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