※セイバー不在
喚ばれている、と。
読みかけの書物から視線をはずし、男は格子窓の向こうを見上げた。
何やら切羽詰まったような気配に唇を舌で湿らせ、白い羽織を肩に掛ける。
最近は特に娯楽が少なかった、引き込めそうな人材もなく酷く退屈していたところだったのだ。
さてさて今回の道行きは、一体何をもたらしてくれるのか。
群青の双眸を弓形に歪め、男はくつりと喉を鳴らした。
【聖なる杯と死人の門出】
目を焼くような光が収まると、一人の子供が男の眼前で尻餅を着いていた。
赤茶の髪、鍛えられた体とは不均衡な幼い顔つきの中では、赤銅色の瞳が驚愕に揺らいでいる。
不意に放たれた赤い一閃を斬魄刀で弾き、男は少年を背に襲撃者へとその身を向けた。
「コスプレの変質者が嫌がる少年を無理矢理襲ってるのか…人の性癖にあれこれ言うつもりはないけど、流石に自重した方が良いんじゃないのか全身青タイツ」
「誰がコスプレの変質者だ!…チッ、サーヴァントが揃っちまったわけか」
「なんだか良くわからないけどそうらしいな。頭に入ってきたよ。要するにあれだろ?お前らをご主人様ごと消せば良いわけだな?」
「…殺れるもんならな」
繰り出される穂先を片手でいなし、男は槍兵の腹へ蹴りを入れた。
軽い手応えに笑みをこぼし、長槍の弱点である接近戦へ持ち込むために間合いを詰める。
鼻と鼻が触れ合わんばかりに近づくも、刹那、男は眉を寄せ反対の方向へと飛び距離を広げた。
「そこから横凪ぎとか凄いな、エキスパートか」
「槍兵ナメんな。そういうテメェこそ良く避けたな」
「真っ二つは御免だからな。んん、一割ぐらい持ってかれたか?」
「…高速再生にしても程があんだろ。化けモンめ」
「誉めんなよ、照れるだろ」
赤い槍の先から滴る深紅に、土蔵から這い出した少年が息を飲んだ。
男の黒い着物の脇腹がぐっしょりと濡れ、色を濃くしている。
だと言うのに破られた着物の隙間から見える肌は、何事もなかったかのような有り様だった。
「チッ、もう一組来やがったか…あぁ、わかったよ戻りゃ良いんだろ!」
またな化け物、と捨て台詞を吐いた槍兵が塀を飛び越えたと同時、男は少年の前から姿を消した。
外壁の向こうに現れたのは、年端もいかない少女と褐色の武人である。
自らの主へ下がれと発する従者を袈裟斬りにし、男はふわりと笑った。
迸る血飛沫に少女の目が見開かれたのは一瞬だった。
主である少女は従者を引かせようと口を開き、けれど声を出すことは叶わなかった。
羽交い締めにされた少女は自らの口に捩じ込まれた男の指に忌々しげな唸りを漏らす。
本来念じるだけで叶える令呪だが、喉元に刃を突きつけられれば下手な策を願うわけにもいかない。
皮一枚で胴体の泣き別れを防いでいる従者は地獄の鬼もかくやと言った表情で男を睨み付けていた。
ひゅうひゅうと弱くなる呼吸と流れ出た赤の量が、従者の最後が近いことを如実に表している。
「ええと、令呪だっけ。使われると困るから最初に言っとく、何かしたら自分の頭が無くなると思え」
この年で首無しとか嫌だろ、と。
世間話のような口調で少女へ告げ、男は従者に視線を向ける。
立ち上がれる筈もないであろう従者は、血にまみれた両手でしぶとく地を掻きむしり続けていた。
全くもって虚しい抵抗だったが、もがき苦しみながらも己を睨むことを止めない従者に男はにんまりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「遠坂!?なに…、何やってんだよお前!」
「何って、戦争。相手は潰す、だから俺を喚んだんだろ【ご主人】」
「今すぐ遠坂を離せ、じゃなきゃあんたを許さない!」
「…あんなぁ御主人、聖杯が欲しいから俺を喚んだんだろ?」
「俺はお前なんか呼んでない!」
「は…、」
面食らったように口を閉ざした男は、やがて呆れた風に大きな溜め息を吐き、話の矛先を腕の中の少女へと変えた。
令呪を使うなと念を押し、口内から指を引く。
「お嬢さん、取引しよう」
「…飲むと思ってるの?」
肉食獣のように青い瞳をぎらつかせる少女にへらりとした笑みを浮かべ、飲まざるを得ないと思うけどねと前置き、男は口を開く。
「そのサーヴァント、俺にくれ」
「馬鹿じゃないの?自分の剣を手放すマスターが何処に居るのよ」
「無論今じゃない、聖杯戦争が終わってからで良い」
「終わったらって、」
「言葉の通りだ。飲んでくれるならあんたたちから手を引く。加えて傷も直してやる。サーヴァントを見ればわかるだろ、今となっちゃ回復なんて意味がない。このまま放っておけばこいつ消えるぞ」
「っ!」
ぎり、と。
少女が歯軋りをした。
俯いてしまった小柄な体を解放し、男は地に伏せる従者の顔を覗く。
小さく呟かれた言葉へ耳を傾けようとした男の身体がびくりと痙攣した。
左胸を貫くのは、捻れ曲がった何かの剣だ。
油断大敵だと不敵に笑う従者に軽く頷き、その通りだと捻れた剣を難なく抜いた。
「うん、ますます欲しいな。この胆力、この気概、見た目も良いし」
「化け、物かっ、」
「その体で喋って攻撃するお前もどっこいどっこいだと思うんだが…まぁいいや。時間もないし、も一回聞くぞ、聖杯戦争終わったら家で働いてくれ。三食オヤツつき、衣食住の保障も完璧だ。月給制で各種保険完備、制服支給あり、週休二日制でシフトは応相談、基本8時―18時で昼休みと中休みあり、仕事内容は主に弱きを助け強きを挫く事と悪者退治、家事ができるなら身の回りの世話と全般的に雑用だが出来高次第で昇給あり、有給ありボーナス年二回で冠婚葬祭の特休も認めてる。ちなみに与えられる住居はマンションタイプと戸建てタイプから選べる」
「俺じゃダメか」
「御主人はまだ若いからだめ」
「興味あるわね」
「同じく若すぎる。OKしてくれるなら今だけ完全回復とお前らの陣営に手を出さないって言う宣誓付きだけど?ちなみに断ったらお前のマスターの命はない。御主人が止めようと何処に逃げようと見つけ出して殺す」
「完全に脅迫ね」
「そんなことさせるか!」
「どうする?」
……とかで、結局頷くしかないアーチャー。
隊長はセイバーです。
聖杯戦争に興味ない隊長のヘドハン物語。
遠坂陣営と共闘して士郎のご飯食べたりアーチャーのご飯食べたり凛に威嚇されたりする。