※仄かに主←ピアくさい
聖歌隊のキリエを聞きながら、男は小さく息を吐いた。
列をなし懸命に神への歌と祈りを捧げる子供たちをぼんやりと眺めつつ、隣へ現れた気配へと声を掛ける。
「ピアーズか…お前も聞いてけ、心が洗われるぞ」
「あんたがこんなとこ来るなんて意外ですね。クリスチャンでもないのに」
流れる旋律の邪魔にならぬよう囁きを交わし、心外だなと男は微笑む。
「信じているさ、都合の良い神なんて居ないってことは」
俺は無神論者だと加えられた言葉に素っ気なく相槌を返し、ピアーズは目線を男へ向ける。
黒いコートを纏う男の腰には、彼の相棒であるマグナムが吊られている。
他にもあるのだろうなと呆れを向ければ、男は悪戯が見つかった子供のようにばつが悪そうな顔で苦く笑った。
物騒ですねとピアーズが呟く。
手離せなくてねと男が答えた。
「なぜここに?」
「趣味だ」
「一日中こうして聖歌聞いてることがですか」
「悪いか」
「すいません」
「怒ってるわけじゃないから気にするな。」
伴奏が途切れ、疎らな拍手が贈られる。
聖歌隊の子供達は、各々を待つ誰かの元へと駆けて行く。
それは父親であったり、母親であったり、皆が皆、嬉しげな顔である。
「見ろ、ちっちゃい子供が嬉しそうにママんとこ駆けてって。ああ言うの護んなきゃなぁって、思うだろ」
そうですね、と頷き、ピアーズはステンドグラスを見上げた。
聖母マリアとキリストのありふれた図柄である筈のそれは、天高く昇った太陽の光を浴びて色とりどりに輝いている。
護れるだけ護ってやりたいじゃないか、と男が微笑む。
泣き顔が嫌いなんだと続けた男が誰を思い出しているのか、ピアーズには想像もできなかった。
「何も残らないのが一番怖い。バケモノになりゃ、記憶も記録も全部全部溶けて消えちまう、そいつを愛したやつも、そいつが愛したやつも、双方向で無かったことになる」
何も残らない。
言葉にすればたったそれだけのことに背筋が寒くなる。
例えば間の前の親子、例えば斜め前に身を寄せ会う老夫婦、例えば隣に座る男さえも、何もかも消えてしまうなんて、そんな。
ピアーズは緩く頭を振った。
「…飯でも行くか。奢るぞ」
「…良いですね、ステーキの美味い店があるんですよ」
案内よろしくと笑った男に目を細め、ピアーズは了承の意と敬礼を返した。
【手に入らない星に手を伸ばしているわけではなくて、隣に居る貴方に触れたいだけなのに、それすらも叶わない】
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