ムッとする熱気に混じり頬を撫でる風は、言い様の無い血生臭さを孕んでいる。
喧騒の中聞こえてくるのは悲鳴と怒号。
あちらこちらから未練や無念を叫ぶ人の声がする。
地獄だ、と。
袖口を鼻にあてた男は浅い息を繰り返し、がたがたと揺れ暴れる腰のボールを片手で抑えた。
日常生活を送る上で殆ど嗅ぐことの無い臭いに本能的な部分を刺激されたのか、はたまた激しく動揺する男の心を汲んだのか、ボールの動きは止まらない。
大丈夫、大丈夫と紙よりも薄っぺらい言葉を呟きながら、男は恐る恐る足を進めた。
赤黒い色に染まった舗装のされていない大地が、男の靴を汚す。
振り替えれども町はなく、眼前に広がる光景は地獄そのものである。
「なんだよこれ…」
数歩先に転がるのは非武装の人間。
上半身と下半身。
腕や足が散らばり、内臓をはみ出させた者も珍しくない。
食い殺されたり、技に当たって死んだ人間を見たことが無い訳ではなかったが、それにしてもこの死体の数は常軌を逸している。
微かに己を呼ぶ声を拾い上げ、男は地に伏した小さな人影に駆け寄った。
「た、すけ…」
「待ってろ、今薬をつけてやる」
男は鞄を漁りスプレー式のボトルを取り出し、眉を寄せる。
事切れた相手に痛ましげな溜め息を吐き、待ってろと言ったじゃねえかよと唇を噛んだ。
土煙に蹄の音が響く。
ややあって現れた見慣れぬ生き物に股がる青年を睥睨し、男は静かに口を開いた。
「答えろ、何だこれは、戦争か、青いの」
押さえることも難しいほどに全身全霊で此処から出せと訴えるボールの開閉スイッチへ指をやり、淡々と言葉を紡ぐ。
「あっちの黒いやつらの仕業か、何のためだ、ポケモンはどうした、警察、」
場にそぐわない軽い衝撃と共に現れた三つ頭の竜に、眼前の青年が鋭く息を飲む様子が見て取れた。
男は青年の手に有る数本の紅い凶器を見咎め、後ろ手に持つもう一つのボールを青年の足元へ投げる。
動いたら首が飛ぶぞと口の端を吊り上げ、残るボール全てを地面にばらまき、申し訳程度の白煙から現れた愛しい手持ち達へと空笑いを溢す。
「いや、いい。もういい、なんでもいい、何だよあいつら、バカじゃないのか、子供だぞ、死んでんだぞ、子供が!とりあえずお前は後だ。黒いやつら…悪党共…今日初めてあのバカの言ったことが理解できた。悪の組織な、悪の組織。ロケット?アクア?マグマ?ギンガ?プラズマ?なんでもいい、何だっていい、破壊光線、…破壊光線!!良いじゃないか、上等だ、やってやる。お前ら全力で行け、手加減せずに黒いやつらにぶちかませ!サザンドラオノノクスカイリューボーマンダガブリアスゼクロム『りゅうせいぐん』」
【地形が変わる?知るかんなもん】
追記:ドラゴン使いのスペック