だれもいなくなった
紅い。
空も大地も人も己も全て全て真っ赤に塗り潰されている。
生命を吸い込み重みを増した陣羽織を翻し、男を探した。
腕腕足胴、
主人の、躯。
呼吸が出来ない、嫌な音で息が漏れていく。
前も後ろも天地すらぐらぐらと傾くなか、温もりを失った御身体を背負い、憑かれたように男を探す。
紅い羽織が視界にちらつき、愕然とした。
あの男は、綺麗好きなのだ、血染めの羽織なんぞ染み抜き出来ぬ。
駆け寄り、そして、崩れた。
「て、めぇ……、あ、たま……あたま、何処にやりやがった」
長く美しい髪は整い過ぎた造型は群青の瞳は確りした輪郭は桃色のくちびるは、
(ふざけるな)(ふざけるなふざけるなふざけるな)(ふざけるな)
「おれの、ものだろうが」
あの、きれいなあたまはおれのものだ。
なあ、生えてくるのだろう?お前は化け物なんだから頭なんかぼこぼこと生えて何時ものようにゆるく笑うのだろう?
ほら早く起きろ、お前が居ないと政宗様が拗ねるだろうが。政務が滞れば共に過ごすときが減るんだぞ、解ってるのか。
「…―――、」
嗚咽が漏れる。止めろ、泣くな。泣けば全て終わってしまう、泣けば全て認めてしまう。泣くな、泣くな、
「、く る み、」
死なないと言ったじゃねぇか。もう二度と、俺たちを、俺を一人にしないと、てめぇは言ったんだぞ。
しょうもねぇうそつきやがって
見渡す限り屍だけだ。
動いているのは俺だけだ。
男の脇に陣取る、かつて伝説の忍と呼ばれた屍を引き摺り左へ退け、主人を右に据え置いた。
短刀を喉仏に押し当てる、骨ばった真白い手と己を繋ぎ合わす。
(美しい川のほとりに数多蠢く影を見た)(この男はいつもそうだ、)(また梵天丸さま達だけを連れ遊びに出たのだろう)(嗚呼、俺も交ぜてくれ、)(己を、其処に)(政宗様)(梵天丸様、小十郎めを)(共に……、)
(來海、お前の、傍に)
――早く来いよ小十郎!!
「……そう、急かされますな梵天丸様、」
――小十郎、
(腕を広げ)(にこにこと笑っている、)(そういえばまだ)
(好きだと言っていなかった)
「來海、今、いく」
――――うん、おいで、
差し伸べられた腕を取り、ざくりと喉を割った。
そして、
そしてだれもいなくなった
目が覚めた。
泣いていた。
何故かは解らない。
ただ、あの男に会いたくなった。
そして
紅い。
まるであの場所のように枯れた草木が人の骨が遥か彼方を包む空までも紅くて紅くて紅くて紅くて紅くて紅くて紅くて、
(見れた色を探す)(闇のような黒と、晴天のような青と)
折れた矢が槍が刀が剣がオブジェのように佇んで、
(茶はどこだ)(優しく暖かく柔らかい焦げ茶色)(は、)
火薬の臭いと甘い血臭とすえた腐臭と死の香りが鼻腔を擽る。
(土の臭いは)(汗の臭いは野菜の薫りはお日様の匂いは)
見慣れた顔も知らない顔も同じ様に転がっている。
嗚呼あのはらわたが飛び出ている男は昨日酌をしてくれた仁吉、胸から下がないのは馬の世話が好きだった大悟、此方にも彼処にも元知り合いがたくさん沢山、
(ちらりと見えた下履き)(転がっていた誰かを踏んづけて蹴っ飛ばして近寄った)
(締まった躯をひっくり返して)(頭を撫でようとした手はそらを掻いた)
「小十郎、小十郎……おまえ、おま、え……」
くび、ないじゃないか
「う、ぁ…………あ、ぁあぁあ゙あ゙あ゙ぁあああああ!!!!」
(跳ね起きる、襦袢がじっとりと汗ばんでいた)