※ネタ小咄





目が覚めると、そこは無人島だった。
見たこともない草花が生い茂り、聞いたこともないような猛獣が跳梁跋扈する小さな島は、どう考えても海底油田付近の島ではない。
いったいどこまで流されてしまったのだろうか。
支給されたBSAAのガジェットは通信がいかれているらしいが、機能自体は問題なく使用できるようであった。
持ち物を確認すると、意識をなくす前のまま武器やら回復やらが詰まっている。
取り合えず助けを待とう、不本意なサバイバルだが仕方がない。



海岸を利用した生け簀から丸々太った魚を掴み、食べられる果物を収穫して寝床にしている洞穴へと戻る。
林檎に似た紫の果物をコンバットナイフで器用にくるくると剥いていくと、鮮やかな赤色の実が現れた。
歯を立てれば、甘く滴る果汁が喉を潤す。

この島に来て早一週間、助けは未だ来ない。




【まいごなひつじ】



朝起きてからすることはまず狼煙を上げることだ。
さてやりますかと欠伸を一つこぼし、砂浜に横たわる影に目を凝らした。
人だ。
ハンドガンを片手にゆっくりと近寄ると、倒れていたのは古典的な石の手錠で拘束された成人男性であることが判明した。
身長は2mを越えているだろう、所々に生々しい傷のある大柄な男は、変わった髪型の白人である。
目を引くものと言えば、はだけた胸に刻まれた十字に三日月を重ねたようなタトゥーである。
溜め息を吐き、ハンドガンをホルスターへ収める。
男の背と膝裏に腕を回して抱き上げると、男は僅かに身動いだ。

簡素な寝床へ下ろし、真水で濡らしたタオルで男の全身を拭く。
傷に救急スプレーを吹き掛けると、男の苦悶の表情が少しばかり和らいだ。
ゆるりと瞼が持ち上がり、眠たげなブルーの瞳が己を映す。
海と空を混ぜたような、そんな瞳だった。
気分はどうだ、そう尋ねると、男の眉間に皺が寄った。
聞こえなかったのだろうか、もう一度同じことを尋ねると、今度は途方に暮れたような表情になってしまった。


「…悪いねぃ、アンタが何言ってんだか全く解らねぇよい」
「…これなら解るか?」


喋れんのかよいと驚く男にこっちの台詞だと呟き、大きく息を吐いた。
しばらくぶりに口にした母国語は、やはり懐かしく耳に馴染む。
しかし不思議な話だ、英語が通じず日本語を話すこの男の名前はマルコと言うらしい。
意図せず溢れた、部下と同じ名だという呟きに、男の眠たげな目がぱちくりと見開く。
どんな奴なんだよい、好奇心であろうマルコの言葉に、眉を曇らせる。
爆発物の扱いに長けていたマルコ、初めて育てた大事な部下は、人としての尊厳を奪われ、最も憎む組織に殺されたらしい。
表情で察したのだろう、マルコは一言、悪かったねいとばつが悪そうに口を閉じた。



「なぁアンタ、これ外せるかい?」


白い手錠ごとふりふりと腕を揺らすマルコに外せることは外せる、と答えれば、それなら外してくれよいと詰め寄られ困惑した。
手錠を壊した途端この男が暴れださないとも限らないが、もし揉み合いになったとしても完全武装の此方側に利はあるだろう。
火傷するだろうがと前置けば、よいよいと相槌なんだか肯定なんだか判らない返事を寄越された。
エレファントキラーに弾丸を装填し、石の手錠へ銃口を押し付ける。
変わった銃だねいと呟くマルコにそうだろうかと首を傾げ、二度、三度引き金を引くと、手錠が砕けてマルコの両手が自由になった。


「耳栓とか、無かったのかよい…」


ぴよりらと恨めしげに頭を揺らすマルコに慣れてるからと返せば、アンタは慣れてるだろうが俺はそうじゃねぇ!と叱られた。
理不尽である。
遺憾の意。


「それにしても原始的な手錠だったな、今時石って。アフリカの部族じゃあるまいし」


砕けた破片を手に取り観察する。
別段変哲もない、硬いだけの唯の白い石である。
マルコ曰く、この石はダイヤモンドと同じぐらいの硬度らしい。
そんな石あったか?と首を傾げて居ると、石の破片からじりじりと遠ざかったマルコが何故か背中側に移動してきたので掴んだ石をそのまま利用して腹に拳を入れLホークを額に捩じ込んだ。


「何すんだよい!痛ぇだろ!」
「後ろに立つなよ、頭吹っ飛ばされたいのか?」
「怖ぇよい!」
「癖だ、許せ」
「おっそろしい癖だねぃ…」


ともかく、その石退けてくれ。
くったりと力の抜けたマルコに仕方なく石を放り投げ、さてこれからどうするかと頭を抱えた。


余談だが、なんとも不思議な変異を遂げたマルコを生物兵器と勘違いして結局戦闘になったことはまた別の話である。
悪魔の実が新しいウィルスだと思った俺は悪くない。