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SS聖杯

※原作ではなく平行世界





夕刻の事。
一人の老人が紙の束を手に、文机を挟む男へ視線だけを向けた。
板張りの室に差し込む日は辺りを橙に染め上げ、夜の帳を遥か空の端に携えている。
蝋燭の灯が四方に老人と男の歪な影を描き、揺れる度に形を変えた。
嫌に薄暗い。


「間桐臓硯」


積み重ねてきたのであろう年月を思わせる嗄れた声が一つの名を紡いだ。
知っているかと問い掛ける老人の瞳に、男は少々傲慢とも取れる仕草で首を振る。
聞き覚えなどまるで無い旨を言葉少なく告げる男へ、老人は詰るように片眉を跳ね上げた。


「『間桐臓硯』マキリ・ゾオルケンは北の異国より来たる魔術師じゃ。幾ら何でも…『魔術師』くらいは覚えがあるじゃろう?」
「魔術師、なぁ…」
「…よもやお主、二百年前より度々起こる騒ぎを知らぬ訳ではあるまい」


はてと首を傾げ、男は記憶を巡らせる。
そうと言われればそんなものがあったような、無かったような。
時折耳に挟んだ気もするが、詰まる所はあまりよく覚えていないのが実状だった。


「知らないな」
「…御主はもちっと外へ関心を向けんか」
「お前に言われたかない」
「給金分ぐらいは働かんか馬鹿モン」
「俺達は何時だって独楽鼠のように尽くしてやってんだろうが」
「隊の話ではないわ、御主じゃ御主。御主にゃムラがあるんじゃ」
「そんなもん…うん千年前から解ってたこったろ、今更だ。」


それで、と。
男の双眸が老人を促す。
先の応酬など無かったかのように己を見る群青の眸へ「まあよいわ」と一つ咳払いし、老人は手元の紙束を男へと押しやる。
男は白く滑らかな指先でぱらぱらと頁を捲り、やがて一点を捉えると眉間に深い皺を刻んだ。
仮面のように平坦であった男の容貌が嫌悪の色に染まる。


「…秘匿ってのは、あれか」
「左様。有り体に言えば、贄じゃ」
「この姿形…ほぼ死骸じゃねえか、木乃伊だってまだ保存状態が良い」
「外法の常よ。五百も永らえるに、何れ程の魂魄を喰ろうたか」
「…気に食わねぇな。魔術師ってのは皆鬼畜外道の集まりか」


一部はな。
吐息と共に吐き出された老人の呟きに目を細め、男は再度気に食わねぇと呻くように吐き捨てる。
いつの間にか日もとっぷりと暮れ、闇が濃くなった。
淡い月明かりが二人の周辺を青く染める。
男は薄い唇で弧を描き、猫のように喉を鳴らした。

「暇そうだから行け、とは言わねえんだな」
「今度ばかりはのう…並の輩では魔術なんぞに太刀打ち出来まいて」
「久方ぶりの御指名か、厄介な相手ばかりとは…心踊るな」
「茶化すな阿呆…とは言え、その通りじゃ」
「…まさか指名ってのは四十六室の狸どもか」


溜め息を吐く老人に、男は秀麗な顔を歪ませ訝しげに尋ねた。
常日頃より隙あらば己を葬らんと暗躍する四十六室を老害と言明し忌み嫌う男の値踏みするような目線に、そちらではないと答え老人は口を開く。


「御主を喚ぶは地獄の主よ」
「そりゃまた…なんと言うか御愁傷様だな」


刈り取られる者への憐れみなど微塵も感じさせぬ様子で嘲り笑う男は、凄艶な色気のようなものを身に纏っていた。
全くもって歪な男よと心中で苦く笑い、老人は居住まいを正す。


「護廷十三隊総隊長山本元柳斎重國が零番隊隊長雪代來海に頼す。現世へ赴き、魔術師『間桐臓硯』の道逝き並びに聖杯の破壊を成し給へ」


厳かに紡がれる総隊長の言の葉に、零番隊長は非人間じみた雰囲気で群青の瞳をぎらりと光らせた。



「承知した」



【聖杯異聞録】

(…ところで、聖杯って何)
(ぺいっ!資料を読まんか!)
(ええと…なんか…裏ありそうだなこのコップ。すげえ胡散臭い)
(ほう…怖じ気るか)
(馬鹿言え。何かイヤな予感がするだけだ)
(御主の勘はよう当たる、気を付けて行けよ來海)
(解ってる。心配すんな重國)
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