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小十郎続き

くしゅん、と。
目下の身体が似合わぬくしゃみを零し、また一つ身を震わせた。

夏の名残も僅かになり、見え始めるのは秋の気配。
日差しはまだ強いものの、吹きさらしの風は思いがけず腕をさする程に冷えている。
仕様がなく掛布を取りに行こうとした小十郎は、まぁコイツだから風邪は引かないだろうと思い直し、だらりと横たわる來海の間近へ腰を下ろした。


隅々まで精巧に創られた造形の美を食い入るように眺め、通った鼻筋に手を伸ばし、ぎゅっと摘む。

一、二、三、四…
当たり前だが、苦しいのだろう。
來海の眉間に皺が寄り、小さく開かれた口から苦悶に満ちた吐息が漏れる。
薄く青ざめる來海を一切省みず、それどころか小十郎を知る人間から見れば心なしか楽しそうな表情で、小十郎は來海の鼻を摘み続ける。


「ひでぇ顔だな、」


上機嫌にくつくつと咽を鳴らし人の悪い笑みを浮かべる小十郎の手を払いのけん…と、來海の腕がふらり宙を彷徨う。
無意識かつ正確な動作で元凶を捕らえた來海は、丁度良いとばかりに熱源である小十郎を強く引いた。


「…おい、起きているんじゃねぇだろうな」


むにむにと締まりのない容貌で、大柄の部類に入る小十郎をぬいぐるみの如く抱く來海に、狸寝入りの気配はまるで無い。

昔も良く暖を取られていたなと、小十郎は口元を綻ばせた。
冷たい手足を押しつけられる度、むかっ腹を立て來海に噛みついていたが、其れも今や昔のことである。
冷えた身体に人肌のぬくもりが心地良いのか、一向に緩まぬ來海の力を、小十郎は少しだけ嬉しく感じていた。




――――――――――

「梵!梵!あれ見てあれ!」

「梵言うな。何だ成実、うるせーな」

「あれ!」

「oh…小十郎が居眠りたぁ、随分と珍しい光景じゃねえか」

「二人とも爆睡だかんなー」

「…暫く人払いでもしといてやるか」

「優しいねぇ、梵ってば」

「馬に蹴られたくないんでね」

ss小十郎



心地よい木漏れ日が絶えず模様を変える濡れ縁の真ん中、規則良い寝息を立て眠りこける來海の姿を目にし、小十郎は音を立てぬよう件の男へ足を向ける。
睡魔に身を任せる直前まで遊んでいたのだろう茶虎の猫が、男の腕の下で未だ解けぬ戒めに不機嫌な声で鳴いた。


珍しいものだ。
哀れな猫を放しにかかり、小十郎はふうと息を吐く。

遊び歩いたツケが回ったと、苦渋に満ちた表情で來海が何処からか届けられた紙の束に目を通し始めてから早三日。
飲まず食わずでは無いものの、厠と湯殿以外姿を見ることがなく、小十郎も政宗も少しばかり心を砕いていた矢先のことだ。

嬉しげな猫ににゃあと礼をされ、小十郎のまなじりが緩む。
反対に、抱えていた熱源に逃げられた來海はぶるりと身体を震わせた。





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