畑仕事を終えた小十郎の腕を引き有無を言わせず人気のない廊下へ連れ込み、早半刻。
來海は小十郎が身に纏う湿った野良着の合わせ目を開き、首筋、鎖骨、胸板のにおいをすんすんと犬のように嗅いでいた。
時折舌先で汗の珠を舐めれば、うっすらと濡れた唾液の跡が日の光にきらめく。


始めこそ來海の頭へ拳を幾度か降らせた小十郎だったが、抵抗したところで無駄だと理解しているのか、はたまた無抵抗な相手を殴る行為に自責の念でも浮かんだのか。
以後はじっとりと非難をこめた目付きで唇を噛み、ひたすら沈黙を貫いていた。


「…酸っぱい。くさい」
「テメェ…」


何処か焦点の合わない瞳で蕩けたように同じ言葉を呟く來海に、小十郎は低い唸り声を上げた。
くさいくさいと楽しげに口ずさむ來海は、止せば良いのにわざわざ臭いの強い場所へと自ら鼻を突っ込むものだから本当に始末に終えない。
臍の窪みや下帯付近を丹念に嗅がれ、小十郎は少し泣きたくなった。
朝から畑仕事に精を出したのだ、汗臭いのは当たり前である。


「土…、汗…、草…、花…は野菜のか」
「テメェは犬か」


さも愛しそうに小十郎へ頬擦りした來海は、口の上に薄い笑みを貼り付け、雄のにおいがすると群青の双眸を細めて言った。


「、良い匂い」
「頭を診てもらうか鼻を診てもらうか選べ」
「馬鹿、うまそうな匂いなんだよ」
「馬鹿はテメェだ。くせぇと思うなら寄るんじゃねえ」
「好きなんだよこの匂い。酸っぱいんだけど、甘ったるくて頭がくらくらする」


大きく息を吸い込みながら、やはり何処かうっとりと瞼を閉じた來海を横目に、小十郎は恐る恐る己の身体へ鼻を近づける。
思わず息を詰まらせ眉を寄せた。
ただただ不快である。


「おい…」
「ん…」


呼び掛けたは良いが、己が臭いと言うのはなんとなく憚られ、小十郎は小さく息を吐いた。


「…甘くはねぇだろ」
「甘い。たぶんこれフェロモンだ。めろめろになる。やばい」
「なんだそれ…」


小十郎は長く息を吐くと諦めたように身体の力を抜き、眼前で動く來海の頭をくしゃりと掻き回した。



【後のフレーメン現象】
(とりあえず湯あみをさせてくれ)
(…もうちょっと)