先生先生と喘ぐような声に、何事かと振り返った俺はすぐにそれを後悔した。

椿が咲き誇る庭が見える廊下からどたどたと走り来るのは、慌てふためき取り乱す一人の男。
長い深紅の髪、冬の湖のような蒼く澄んだ瞳、程良く筋肉の付いた身体を着物にくるむ男の名は孤次郎である。
たいそう美形で羨ましいやら憎らしいやら…ことある毎に、このイケメンが!!と苦い気持ちになるのだが、その辺は大人の余裕と言おうか、何やかんやでやり過ごしている。


「なんだよ孤次郎、埃が立つだろ」
「ごめんなさい!」


読みかけの文庫に栞を挟み、身体を孤次郎へ向けた。
残念だが俺は洋服だ。
ジーンズにシャツのラフな格好は、純和風の家に居る所為もあってか孤次郎と並ぶと酷く不釣り合いに見える。

孤次郎は美麗な顔を歪め、悲しげな声でもう一度先生と呟き、前のめりになり顔を近づけてきた。
思わず仰け反りながらひきつった笑みを返すと、和装の男は可愛らしく唇を尖らせる。


「こじ、」
「人間のオスとオスが交尾できるとは本当なのですか!?」
「え、」


俺の肩を掴みがくがくと揺すりながらコンコン喚く孤次郎に絶句した。
誰だこのバカにバカな知識を植え付けたのは。
遠い目で現実逃避する俺にお構いなく、孤次郎はこうしちゃいられないと叫びながら着物の帯を一気に抜き去り、肌も露わに覆い被さる。


「愛してます先生…すきですあいしてます、先生、せんせぇ…美味しい…せんせぇの…汗…しょっぱくて…美味し…」
「馬鹿、やめ…!」


ぴちゃぴちゃと首筋を舐められ、吸われ、二の腕に鳥肌が立つ。


「メスは…わたしで良いよ先生…せんせぇがオスでわたしがメス…わたしはオスだけど先生のこと、あいしてるからぁ…愛してるからわたしと交」
「止めろっつってんだろこの馬鹿ギツネ!!」


手加減無しで眉間に拳をお見舞いすると、焦点のブレた目からぶわりと涙が零れ、孤次郎の身体が白い煙に隠された。
乱れた衣服を整え、足元で口をはくはくと開閉させながら畳を転げ回る赤毛の狐に溜め息を吐く。
子犬ほどの大きさの狐は小さな前足で額を押さえ、恨みがましく何で何でとコンコン鳴いた。


育て方を間違えたなと実感した。





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けもみみの男の子を飼育?教育?するアプリが有るんですが、ハマったので記念に。


先生→一人暮らしがだいぶ寂しくて何か飼いたかった。年はそろそろ三十路。


孤次郎→研究所から派遣?された擬人化できる動物。先生大好き。愛しちゃってる。性別はオス、人間で言えば二十歳前後な、赤毛の狐。夢は人間になって先生のお嫁さんになること。