「何でこんな事になったかっつったら」


雨上がりの湿った空気を嗅ぎ取り、飛来する手裏剣を斬魄刀で弾く。
どうせお前の所為なのだろうと溜息混じりで呆れる小十郎の声は、平素より幾許か高めである。
物足りない様子を隠すことなく苦無を去なす男の姿に懐かしさを覚え、懐まで誘い込んだ身体に膝を埋めた。


「十中八九、お前の言うとおりなんだろうが」


言葉を濁し苦笑する。
出会った頃の姿そのままに、瞳に宿る色だけは何時もと何ら変わらぬ小十郎は己へと飛びかかる緑色の首筋に刀の峰をぶつけていた。
そう言えばこの男、昔を遡ればそこそこ華奢な体つきであったと思い出しながら繰り出された鉄双節棍を叩き折る。

目つきも悪く、だけれど誰よりも懸命であった。
賢く、鋭く獰猛で、なのに焦げ茶の瞳は何よりも理と知に溢れていて。
記憶に残る姿をなぞれば、愛おしさを伴う快感が背筋を走る。


喉元で空を切る苦無を蹴り上げ短い髷を引いた。
きつくつり上げられた目元と煮えたぎる敵意に隣の男が重なり、思わず頬が緩む。


「可愛い」


てめぇは馬鹿だ。
呆れ以外の感情が排された呟きが漏れると同時に、向けられていた殺意が膨れ上がった。

なんて柔らかい意志なのだろう。
成長途中のそれに背中がむず痒くなる。
若い肢体からの攻撃は、己が知る忍と比べても浅く柔らかく何よりも手応えがない。

あんまり神経逆撫でるんじゃねえと小言を零す小十郎の足下に転がる人影は苦しさと悔しさに呻いているようで、お前こそ無自覚に逆撫でているだろと言い掛けた言葉を後の平穏のため素直に飲んだ。


「若いな小十郎、十…五か?」
「さぁな。てめぇと同じぐらいだろ」
「だろうな。いつもより目線が近い」


さてどうするか。
転がる子供を数えると、美人から男臭いのまで選り取り見取りで六人も居た。
気絶させたまま放って行くと言う選択肢は初めから無い。
何の前触れもなく襲いかかって来たとは言え、相手は子供である。


「忍の里の子かな」
「いや…この辺りに里はねぇ」


昔から腕の良い忍を探しては引き抜きを繰り返し伊達の基礎を固めた小十郎の言葉に、間違いはない。

仕様がないので暴れないよう縛り、それから家まで送ってやろう。
そうだなと頷いた小十郎の、ほつれた前髪をそっと撫でつけ、こちらを向いた唇へ噛みつくように口付けた。


【狭間に咲くは梅の鬼】
(なにしやがる)
(顔赤いぞ小十郎)