※零番隊長受








聴覚を擽る低い声に寝惚けた返事を投げ、男は体温の移ったシーツに顔を埋めた。
コーヒーの薫りが鼻を掠めるものの、どうにも起きる気がしない。
キッチンからの呼び掛けを適当にあしらっていると、業を煮やしたのであろう恋人が男の髪を一筋掬い口付けた。


「まだ起きないつもりか?」


クー、と。
何年経とうと男の名前を上手に発音できない恋人が、厳めしい口許を緩めて笑った。
ペットみたいで嫌だと言ってみたものの、恋人の同僚や仲間から呼びやすいからと定着してしまったのだから全く持って遺憾である。

節張った太く固い指が、ベッドに散らばった長い髪を悪戯に弄ぶ。
己の手とは似ても似つかぬ恋人の手に、男は背を震わせた。


「誰の所為だと思ってんだよ」
「俺、か?」


業とらしい仕草で首を傾げる恋人の固い掌が、剥き出しの脇腹をするりと滑り、はしたない程に甘ったるい息が漏れる。
少し荒れたそれは、かさついた感触と共に昨夜の情事をまざまざと男へと思い出させた。
服を脱ぐのももどかしく、玄関で舌を絡ませ、バスルームで貫かれ、キッチンで美味しく頂かれ、ベッドて文字通り啼かされたし泣かされた。
不惑間近のおっさんの癖に随分と無体を強いてくれたなこの野郎、と。
いつの間にか尻の辺りで蠢いていた手を払い落とし、男はがらがらに乾いた喉で唸り不服を表す。


「二月もお預けだったんだ、仕方がないだろう?」
「お前がお預けなら俺もお預けだろうが、『隊長』」
「久々の休みに羽を伸ばせと言ったのはお前だ」
「羽目を外しすぎなんだよ!」
「悦んでいた癖に」


ひくつく米神に恋人の唇が寄せられ、男は肩を竦めた。
後頭部を固定され、ちゅ、ちゅ、とそこらかしこに落ちる唇を享受していると、覆い被さられ身動きが取れなくなる。
首筋を吸われ力が抜ける。
無精髭がちくちくと刺さって地味に痛い。
抵抗の声も今や相手を煽るような色合いを帯びていて、このままいけば今日の休暇は確実にベッドの中だけで終わってしまうだろう。
勘弁して欲しい、と。
明らかに臨戦態勢である相手を押し返し、男は口を尖らせた。


「腹減った、喉渇いた、腰痛ぇ」
「……後で」
「却下、あと焦げ臭いですよ隊長」


しまった、卵!
小さな悲鳴と共にあたふたと駆けていく背に、男はヒラヒラと手を振った。
シット、と悔しがる悪態に微笑み、シーツの海へと身体を沈める。


「クー、卵はどうする?」
「卵焼き、甘いやつ」
「……オムレツじゃダメか」
「ダメ、殻入れんなよ」
「アレは難しいんだが……」
「卵焼きじゃなきゃやだ。ジュースはオレンジな、100%の。ベーコンは分厚く切ってカリカリにして、サラダは、」
「シーザー、乗っけるのはクルトン、食後にはカフェオレ……だろ?」


ニホンジンは謙虚なはずなんだが、俺の我儘サムライはキュートで困る。
からかい混じりの惚気に群青色の双眸を細め、馬鹿なことをとうっそり笑う。
謙虚じゃないか。
この己が頭を垂らし、誰かの下に甘んじるなど、謙虚以外の何に当たるのか教えて欲しいものである。
ああだが、それほどまでに心地良いのだ、この男の傍は。
二人兄妹の長男で、Bioterrorism Security Assessment Allianceの隊長を勤める、熊のような男、クリス・レッドフィールドの腕の中は、大層に居心地がよい。


そろそろ朝食の準備でも手伝ってやるか。
軋む身体に鞭を打ち、脱ぎ散らかした衣服を探し、ベッドサイドから大きく離れた場所で所在なさげにしているパンツへ手を伸ばした。