果ての無い白に、その奇妙な男は存在していた。
上下左右の概念も無い空間の中、色を持つのは男だけだった。
絹の白手袋、黒のスリーピース、足元は飾り気の無いプレーントゥ、決して薄くはない胸元は星空のネクタイで彩られている。
長さが疎らな黒髪のてっぺん近くに、小さなシルクハットの髪飾りがちょこんと鎮座していた。

格好こそ場末の手品師然であるが、男の容貌は取り立て騒ぐ程の物ではない。
可もなく不可もなく、平均的なアジア人男性と言った風だが、唯一その瞳だけが異彩を放っていた。
生気の感じられない暗く濁った澱みが、ぐるぐると渦を巻いている。
死体のような男だった。



男は自ら淹れた紅茶を一口含み、深く項垂れた。
不味かったのだろう、凛々しい眉をへたらせアンティークのテーブルに突っ伏す姿は、不貞腐れる子供のようでもある。
レシピ通りにしてこれかと呟く男の耳に轟音が突き刺さり、間髪置かずに世界が揺れた。
ひっくり返ったティーセットを惜しみ、なんだなんだとおっとり刀でどこからか現れた扉を開いた男は、眼前に広がる荒野に口元を引き吊らせる事となった。


荒野である。
他に説明のしようがない。


紅い空に巨大な歯車が浮かび、干からびた大地には大小様々な所謂剣と呼ばれるだろうものが種類も豊富に取り揃えられ、これでもかと突き刺さったり折れたりしている。
埃っぽい風に頬を殴られ、男は目を細めた。
じりりとノイズのような不快感が脳を掠り、男は呆れの色濃い溜め息を隠すこと無く盛大に吐き出す。


「……後輩?……バディ?……メンタルケアだと?」


ブラック会社と他称されるアラヤに所属する霊長の守護者である男、九十九十八は、ぐったりと横たわる大柄の紅い男を見て途方に暮れた。


「っておい、危ないぞ!」


がらがらと崩れる地面の割れ目に落ちそうになる腕を慌てて掴み、あまりの重量に小さく悲鳴をあげる。
意識の無い人間は本当に重い。
慎重に引きずり上げた紅い男を抱え、九十九十八は再び嘆息した。
磨耗して消えかけている同僚は今まで幾度も見たことがあるが、ここまでこの世界に拒絶反応を示している類いの相手は初めてである。
就職先を間違えたのか、そうでもしなければならない理由でもあったのか、いずれにせよこのまま放っておけばこの紅い男は擦り切れてしまうだろう。


「わかった、わかったからそのノイズやめてくれ、頭が痛くなる」


尚もせっつく上司に手をひらひらと振り、九十九は紅い男を横抱きに自らの座へと足を進めた。
ついでとばかりに分霊の派遣を言いつけられ、頷き一つでそれに応じる。
今の分で現在派遣している分霊は億を超えた。
人類のためとはいえ、全く守護者使いの荒い上司である。
一つ二つどこかの世界が滅びたとて、何処の何にも影響をもたらさないだろうに。

ワーカーホリックにも程があるアラヤから送られた概要に、九十九十八は苦笑した。
抹殺対象の項目に載るのは、かつてどこかの世界で『九十九十八』と中睦まじく愛を語り合った誰かである。
その誰かが、どうやって人類を滅亡させるのかを読み進め、九十九十八は一言『良かった』と安堵の息を漏らす。
対象一人を消滅させれば、残りの何百かの人間は無事なようである。
対象の仲間でもなく、被害拡大の媒介にもならないような彼らなら、生き延びたところでアラヤも目を瞑るだろう。
根っこの根っこが人類ラブなアラヤは、滅亡の原因以外には意外と寛容なのである。

記憶にも記録にも焼き付いている恋人だった相手には悪いが、安らかに眠ってもらおう。
人類滅亡なんて業を背負えば、きっと罪悪感に潰されてしまうだろうから。

清潔な布団に紅い後輩を寝かせ、漆黒の奇術師はうっそりと微笑んだ。


(アットホームなブラック会社、アラヤへようこそ!)






※アカシックレコードに嫌われた系奇術師は、実はブラック企業の事前研修を受けてました的な裏話。
何度も無限に36年を繰り返したのは、守護者としての能力獲得のため。
奇術師とか使い勝手良いわー、ついでにいろんな世界の能力持ってたら最高だなーなんて人類の総意に引っ張られ捕まったのが奇術師くん。
人権?無いよ!退社?出来ないよ!でも懸命に働いてるから給料とかボーナスははずんであげる!で、生活に不便はなく、現世の娯楽持ち込みも見逃してもらえてる。
会社にカスタマイズされた絶対に手放せない先輩系守護者、それが奇術師。
青田買いされた奇術師はアラヤに誘われてホイホイついていきました。
ありとあらゆる世界に飛ばされて、もう生まれたくない、もう死にたくないと嘆きに嘆き、記憶を持ちながら強くてニューゲームを体感時間で無限に繰り返して生きながら磨耗しちゃった奇術師。


霊長の守護者は常に人員不足、平行世界×無限の『人類滅亡』を防ぐにはお掃除屋さんが何人いたって良いのです。
でもできれば質が良い守護者がほしいアラヤ。
だって契約してくれんの殺人が好きとか合法的に虐殺したいとかアレな人ばっかなんだもん。
まともな正義の味方は大抵耐えられなくて擦りきれちゃうし。
赤弓すごく使い勝手が良い、奇術師と頑張ってくれればだいぶ楽になる!
で、なんとか赤弓を使い物にしたいブラック企業の丸投げと言う無茶ぶりに付き合わされる先輩の話。

始めはひとごろしと罵られたり蔑まれたりするけど馬耳東風、暖簾に腕押し、糠に釘。
そのうちだんだん、良くなるまではと仕事を代わってくれたり、しんどい部分を何でもないような顔をしてさらりとかっさらっていったり、磨耗しそうなときに笑わせてくれたり、辛いときには何も言わず傍に居てくれる先輩に赤弓がハートキャッチされる。

紅茶をいれるのが壊滅的に下手な奇術師に紅茶を淹れてあげたり、世話を焼いたり、焼かれたり。
そのうちアラヤが、もうお前ら一緒で良いじゃんと、奇術師本体が守護者として派遣先で頑張ってる間に奇術師の座を勝手に廃止。
帰ってきたら家なき子な奇術師。
荒野に建つ衛宮邸で赤弓と一緒に暮らすことに。


アヴァロンから赤弓(士郎)を浚いに来た騎士王とのVS。
ある日騎士王が赤弓奪還に来襲、しかし拒否る赤弓。
「私は……彼を愛している」
ナ,ナンダッテー\(^o^)/
説得(物理)やらなにやらすったもんだあって騎士王が少年漫画のライバルか少女漫画のライバルのごとくキラキラした笑顔で赤弓を諦める。『あなたを泣かせたら私が奪いに来る』とかなんとか言って帰っていった……奇術師の本体派遣時で本人居ない時に。
食後のお茶吹き出して絶句。
「俺の預かり知らぬ間に俺のための喧嘩は止めてくれ……!」
あくまでも先輩後輩のつもりだった奇術師と、元erg主人公の本気が今ぶつかり合う……!
ちなみに奇術師の退職は不可のため、赤弓が奇術師とハピエン迎えるにはアラヤにいるしかない。
開き直ってるから磨耗はしないので、相も変わらずバディな二人組は人類救済に性を出すのでした。