鬱蒼と茂る木々にしくしくと痛む胃を押さえ、ブラックは怯えるメラルバの頭を撫でた。
官兵衛の傍から離れなければ良かった。
…と言うより、彼がブラックの言いつけをきちんと守れば良かったのだ。
奥州へ向かう道中、メラルバが水を求めたため川に寄った。
この先の茶屋の入り口で大人しく待っていてくれ、たったそれだけの事だった筈なのに、官兵衛は持ち前の不運吸引体質でその土地の山の主である猪を見事に挑発し、たまたま襲ってきた山賊を巻き込んでの大立ち回りを演じてくれた。
それだけなら良い、ブラックには何の危害も無いからだ。
問題なのはその後だった。
土煙の中黒い馬をに跨り颯爽と現れたのはブラックが来ると聞きつけわざわざ出迎えに来た奥州の若き覇者伊達政宗と、旅行きが心配だと心を砕き内密にブラックの後をつけてきた熱く優しい心を持つ保護者真田幸村がかち合ったことである。
互いのフルネームを連呼し周りの状況をすっかり忘れた二人の、人間離れした力同士のぶつかり合いで生まれた爆発に巻き込まれ、気が付けばブラックは森の中で気を失っていたのだ。
カンベエさんの不運が移ったかなぁ。
メラルバのふさふさな毛に顔を埋め、ブラックは少しだけ泣きそうになった。
周りに人の気配はない。
どうやら今は夜のようだ。
腰のボールからルカリオを出し波動を探る。
微かな唸り声を上げ波動弾を放ったルカリオは、同時にブラック目掛けて放たれた鉄製の尖った何かを弾き飛ばした。
ブラックは内心大いに冷や汗をかいていた。
だって木の上に人が居る。
しかもなんか怖い。
全く状況に付いていけなかった。
メラルバが吐き出した火の粉で作った即席松明をルカリオの視線の先へ向ければ、ぎらぎらした丸い目が殺気の滲む色でブラックを睨んでいる。
ぴりりとした緊張感が肌を刺した。
気を抜けば終わりだ。
とびきり凶暴な野生のポケモンと同じ目をした襲撃者にトレーナーとしての本能がそう告げている。
ブラックはどこか既視感のある人影に注意しつつメラルバへちらりと視線をやり、ルカリオの名を鋭くを呼んだ。
【暴君と王者】
(そう言えばあの青年が着ている緑っぽい色の服はシノビショウゾクとやらではなかったか)
(迷彩服のオレンジ色が頭を過ぎると同時に青年は地へ伏せていた)
(ルカリオの打撃に混ぜたメラルバの毒針が、なんとか刺さったようだ)
(…と思ったら産まれたばかりのメラルバは針に纏わせる粉の種類を間違えたらしく、パサパサした長髪の青年は痺れながらイビキをかき、かつ苦しそうに悶えるという何とも器用なことになっていた)
「麻痺治し…あったかな」
無いですよと言いたげに鼻を鳴らしたルカリオに、ブラックは無言で木の実袋を漁った。