直立不動の囚人にはねつけられ、悔しながらに独房から背を向けた俺の頬が、馴染みの白でべったりと汚れた。
青臭い其れを指先で拭い取れば、元凶である囚人―名はミッグスと言った―が何時の間に脱いだのか全裸で、恍惚の表情を浮かべている。
「清紫郎、此方へ来なさい」
深く、少しかさついた声がおいでおいでと手招きしている。
一刻も早く顔を洗いたかったのだが、怒気を孕んだその音に意図せず足が踵を返す。
「ああ、すまなかった清紫郎。無礼なことをした、赦しておくれ」
此方へ、と囁きながら眉を垂らし労るように、ハンニバル・レクター博士(史上最悪の食人鬼、ガラスには近付くなと看守に釘を刺されていた)は分厚いガラス越しに佇む俺の頬をなぞる。
「お詫びに良いことを教えよう」
「ビルのことでしょうか博士」
「君はせっかちだな清紫郎」
くつり、博士の喉が鳴り表情に愉快さが混じる。
「急がば回れと言うだろう?」
久しく耳にしていない完璧な発音の日本語に興味をそそられつつ、博士の言った名前を深く脳に刻みつけた。
(っていうか、何で俺が博士担当なんですかクロフォード課長!!!!)