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小話



軽く裾を引く。
そうするとこの人は、必ず振り向き、柳眉を下げて寂しそうに微笑うのだ。


大丈夫だよ
何処へも行かないよ
何でもないよ
心配しないで


広い川辺。
対岸に佇めば、海のようには波がないが、足先に僅かばかり水を被る。
その濡れた感触が厭わしくて、また裾を引く。


そうだね、かえろうね


他人には、自分が掴み所の無いこの人の手綱を握っているように見えるのだろうが。
全く違う、と小太郎は思う。
小太郎は、ただ、來海の後ろにくっついて、逝かないでと駄々を捏ね、不安げに羽織の端を握るのだけなのだ。
そうすれば來海は振り払わない。そうすれば來海は置いていかない。そうすれば來海は、共に居てくれる。





おしるこでも食べようか


小太郎は曖昧に頷き、來海の手を引いて足早にその場を去った。



(早く水から離れよう、迎え火で訪れた古の者共が彼を連れていってしまう前に)

sss

うすぼうやりとした靄に包まれた彼を見て來海は微笑った。
輪郭すら曖昧な人影は酷く物悲しい。
夢際の岸辺で交わされる会瀬が幾度目なのか、來海はすでに数えるのを止めてしまっていた。
触れることは愚か、声さえ聞こえぬ相手と顔を合わせる毎、愛しくて、哀しくて、息をするのさえ億劫になってしまう。

(生きていることが無意味なような、そんな、気すら)

なぁ、そろそろそっちへ逝っても良いだろうか。
音にならなかった声に、薄れ行く影は來海を睨み付け、それからゆるりと首を振った。






     追憶

(死ねばそれまでだと豪語できるのに)

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