ふと耳にした聴き慣れぬ旋律に鍬を振るう手を止め、小十郎は額の汗を拭った。
音の出所はそう離れていない所で懸命に雑草を引き抜く男のようである。


時折音を外しながら、ふんふんと鼻唄まじりに雑草の山を築いてゆく男の頬は泥で汚れている。
己と同じような格好で土いじりをする男に、恐ろしく畑が似合わないと言ったのは果たして己の主だったか義兄だったか。
蚯蚓を掌に乗せ、良い土を作ってくれよとだらしなく破顔する男を眺め、小十郎は案外そうでもないと口の端を緩めた。


「随分捗ったな」
「昨日雨だったからな、柔らかくて抜きやすい」
「助かるぜ」


休憩するかと訊ねた小十郎にふにゃりとした笑みを浮かべ、男は頷いた。
小路に腰を下ろし竹筒の水を呷る。
半分ほど減った筒を隣へ手渡すと、男は照れたように目尻を薄紅く染めた。


「お前さ、毎回一本しか水持ってこないよな」
「…てめぇが毎度手伝いに割り込んで来るんだろうが」
「それにしたって、なあ」


間接接吻だよなぁと、嬉しげに呟いた男から竹筒を奪い返そうと腕を伸ばすも軽くあしらわれてしまい、小十郎は眉根を寄せた。
今更間接も何もねえだろと呆れたような声音で小十郎が言えば、ようは雰囲気の問題だと男が唇を尖らせる。


「なんとなく、ドキドキしないか?」
「しねぇな」
「小十郎…」


冷たいやら酷いやら、めえめえと情けなく愚図る男に沸き上がる笑みを噛み殺し、小十郎は男の唇に己のそれを掠めさせた。
驚きの為か男の頬がさっと紅潮し、柳眉が情けなく垂れる。
喜色や羞恥の入り交じったなんとも複雑そうな表情で己を恨めしげに見る男に、小十郎は笑い声を上げた。




(…うまく転がされてる気がする)
(気の所為だろ)
(尻に敷かれてる気もする)
(…そりゃあ気の所為じゃねえな)
(敷いてる自覚あるのか)
(嫌じゃねぇんだろ)
(…イイ性格に育ったね小十郎)
(なんとでも)
(笑うなよな…)