師走の風に髪を遊ばせ、佐助はほうと大きく息を吐き出した。
暖かく白い靄が漂い消える様をぼんやり見ていると、まるでなんの予兆もなく隣に男が現れる。
熱燗、と一言微笑み掛けた男は目の眩むような麗顔をゆるりと緩ませ、佐助へ猪口を手渡し腰を下ろす。


「俺様まだお仕事中よ?」
「幸村から伝言、今日は上がれとさ」
「あはー、忍にゃ上がりもなにも…」
「無駄だと思うぞ」


己が分の酒を喉に流し込む男が佐助に示した先を辿る事無く、佐助は肩を落とした。
越後奥州甲斐と集まったお偉方の騒ぎ声が耳に届く。
平和なこってと漏らした皮肉に苦笑し、男は佐助の猪口へ徳利を傾けた。


「まぁ今日ぐらいはな」
「あ、そ」


いただきますと一人ごち口に含んだ酒の思いがけない熱さに肩を揺らす。
隣から伝わる押し殺したような笑い声が怨めしい。
素直に熱かったと言うのが何となく悔しく思われ、佐助は済まし顔で美味しいじゃんと唇を尖らせた。


「呑気なもんだよね」
「政宗のやつ、松永が休んでるなら俺達もって騒ぎだしてな」
「くりすます休暇だっけ、」
「そうそう」


注いだり注がれたりを繰り返し、他愛のない話をぽつりぽつりと繋いでゆく。
冬の寒空に浮かぶ月の円さに気を取られている男の横顔を盗み見た。
刀を握る白い指先が朱塗りの猪口を弄び、薄く色付いた紅い目元がふと柔らかくとける。
男の視線の先、背筋を伸ばしまっすぐに歩く右目の姿があった。


「ねえ、御代わり無いの」


わざとらしく笑みを貼り付け視線の先に割り込むと、群青色の瞳が今宵の月のように丸く見開かれる。
たくさんあるよと微笑んだ男の顔からは、佐助の心をささくれ立たせる愛慕の色が消えていた。


「美味しいお酒だねえ」
「だろ?小十郎の米で造ったんだ」


朗らかな男の雰囲気にひやりと胸が冷めた。
手の内の小さな水面を眺めながら、含んだ酒を不必要に舌先で転がし飲み下す。
食道を苛む熱に、佐助は唇を吊り上る。
何もかも知った上での仕打ちなら、なんて非道い人なのだろうと密やかに笑った。




【別にみんな幸せって訳じゃないの】




「來海ちゃんって最低だねぇ」


とぼけた振りが下手くそな人でなしの頬に口付け、佐助は空を見上げた。


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何も捨てられないだけ