眼前の男から逃れたい一心で、來海は板壁を揺らす炎の赤に目を遣った。
茶器を愛でるような、銘刀を愉しむような、無機物に対する愛撫。
剥き出にされた男の指先が顔の輪郭から首筋へと移され、弄ぶようにくすぐられた喉仏が意図せずどろりと上下した。


「卿には、」


厭だ。
厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭、だ、いや、だ聞きたくない。
蝋燭の灯を映す群青の瞳が頼りなさげに揺れた。


「とびきりの寂寥を贈ろう。なに、ほんの戯れだ」


己の中に有る何かを、男から守るように來海は身体を丸めた。
積もり積もった寂しさは時と共に腐敗し、原形を留めぬ塊となり心に穴を開けてゆく。


「いらねぇよ、んなもん」

絞り出した声は柄にもなく恐怖に滲んでいた。





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隊長は寂しさが一番嫌い。