ただいま。マイルームの扉を開いた自身の声が、部屋の隅に転がる長身のせいで不自然に途切れた。フードを被り、此方に背を向けて膝を抱えたまま横倒しになっているのは、まごうことなく岸波白野のサーヴァント、アサシンである。
暗い影を背負っ…否、むしろ全身から暗い影+αを量産しているアサシンは加湿器要らずなのだが、いつもながらとんでもない不快指数だ。せっかく綺麗にして寝床としての体裁を整えたマイルームにカビが生えるかもしれない程の見事なジメジメっぷりには感心するしかない。
ぶつぶつボソボソと溢される声を聞くと、床になりたいとか俺なんかがとかコーメーの方がとかシゲンに比べたらとかそんな感じの『俺下げ病』なので、今日も今日とて俺のアサシンは絶好調である。
とりあえずビニール袋を漁り、目当ての物を取り出す。


アサシン、おやつにしないか。


じゃーん、いささか無感動に効果音を口にすれば、緑のイモムシがちらりと視線を向けた。本日限定のポップと共に購買のショーケースを埋め尽くしていた『プレミアムロールケーキ』を一つ封切り、アサシンの手入れが疎かな口許へ添えてやる。何を警戒しているのかは知らないが、眉を下げ顎を引いて困惑を垂れ流すサーヴァントへ指で掬ったクリームをほらと差し出せば、遠慮がちな舌がちろりと紅い唇から現れた。毒味でもするかのようにちろちろと指先を舐められてくすぐったい。


「…あまい、な」

うむ、一つ2,000smの美味しさはどうかね。

「えっ、2,000smだって!?どうしてそんな高価なものを…」 


緩みかけていた眉をぎゅっと寄せたアサシンは、その先の言葉を飲み込んでしまったが、聞かなくてもわかると言うものだ。どうせ、『俺なんかに』と続くのだろう。


アサシンに食べて欲しかったんだ。


クリームまみれになるのも構わずスポンジを千切り、アサシンにあーんをする。恐縮しきりのアサシンだったが、それなりの付き合いから差し出された手がテコでも引っ込まないことが解ったのだろう、やがて恐る恐るぱくりとロールケーキを口にした。
しかしながら本当にこの男は見ていて飽きない。今だって、へたれた眉が八の字になって、細められた目の縁が紅くなって、顔全体が『美味しい』と訴えているのだ。もう一度柔らかいスポンジを千切って与えれば、今度は抵抗なく食いついただけでなく、指に付着したクリームをしゃぶったのだから余程気に入ったのだろう。
横倒しの体育座りから正常な位置の体育座りへ、もそもそと姿勢を変えたアサシンに二つ目のロールケーキを手渡す。2,000sm…と微妙な表情でかじりついたアサシンだったが、プレミアムなスイーツには勝てなかったのか、やっぱり幸せそうに頬袋を膨らませている。
二つ目もペロリと平らげたアサシンへ、ビニール袋ごと残りを押し付ければ、中に入っていた量に驚きつつも嬉しそうに笑ったので、うむ、満足だ。


「こんなにたくさん…」

アサシン、甘いもの好きだろう。

「俺の、為に…」

うん、喜んでもらいたくて。


俯くアサシンのフードを取り去る。涙に潤んだ二つの瞳が真っ直ぐに岸波白野へ注がれている。月の裏側でのいつにも増した情緒不安定な行動と言動が、記憶を取り戻した今なら理解できる。燃えるような夕日の世界は、徒にアサシンの精神を削って行くだけなのだ。
視界を遮るようにアサシンの頭を抱え込み、胸へと押し付ける。何も見なくて良いと呟けば、君しか見えないじゃないかと笑い声が転がった。
背に回った腕が、痛いほどに力を増す。すまない、今だけは。震えるアサシンの髪を撫で、別にいつまででも構わないと返事をすれば、跳ねた黒髪から覗く耳が紅くなった。


「君には、情けない所を見られてばかりだな」

別に構わない。卑屈なところも、ネガティブなところも、全部引っくるめてアサシンが好きだから。

「…君は、本当に、心臓に悪い」

ちなみに笑った顔が一番好きなんだが。


知ってた?と小首を傾げれば、知らないよ!と益々照れてしまったので俺のアサシンちょうかわいい。