※白夜叉と医者











明日さえ見えないとは、今この状態の事を言うのかもしれない。
息を引き取った仲間の顔に薄汚れた白い布を乗せ、女は手を合わせた。
感傷に浸るまもなく運ばれてくる人間を次々と捌いて、ようやく落ち着いた頃にはすでに空は明るく、鳥の囀りが辺りに響いている。
そよ風が運んでくるのは硝煙と血生臭さ、どこか遠くに聞こえる怒号。
もがけばもがくほど深みに嵌まるような錯覚に囚われ、女は小さく項垂れた。
昨日も助けられなかった、今日も繋ぎ止められなかった、明日もきっと同じ、明後日もまた、同じなのだろう。
掬う命より溢す命の方が勝る戦場は、まさしく地獄であった。

短く刈った頭に手を乗せられ、女はゆっくりと振り返る。
白い装束を赤黒く染めた男におかえりと呟けば、たでぇーま、と。


「何人だ」
「…五人、駄目だった」


座れよと促され、男の隣に腰を下ろす。
さらさらと流れる小川の水面に朝陽が反射し、まだらな光が揺らめいている。
男はなにも言わず、女へ竹筒を差し出した。


「…しょーがねえだろ」
「そうだな。許容できるかどうかは別だけど」
「…面倒な生き物だな、医者ってーのは」
「侍にだけは言われたくない」


筒を煽れば、生ぬるい水が喉を下っていく。
唇の端からこぼれた水を親指でぬぐった女に、男は死んだ魚のような目を向けた。
ん…と、催促する骨張った手に竹筒と小さな紙の包みを乗せてやれば、男はしげしげと包みを眺め回す。
鼻を近付け匂いを嗅ぐ男に、御裾分けだと困ったような顔で女は笑った。


「村の子供がくれたものだ。甘いものはあまり得意ではないから、貰ってくれれば助かる」
「…良いのか?」
「皆にやる分はないから、銀時が食べてくれ」


かさりと包みを開いた男の赤い目が喜びに輝く様を横目に、女は青い空を見上げた。
明日も未来も、今は何も考えないように生きるしかないのだろう。
始めから終わりまで、目的なんぞただ一つしかないのだ。
何を取りこぼそうと、何を亡くそうと。

おい、口開けろ。
肩をつつかれ素直に従う。
小さな星の欠片が口内へと放られた。
融けてゆく砂糖菓子がじわじわと疲れた身体に染み渡る感覚に、女は榛色の目をゆるりと細める。


お前も共犯なといとけなく笑う傷だらけの男が、酷く尊いもののように思えた。



【煉の獄】
(いつかしあわせであるように)