「あ、蛇だ」
「え、あ、本当ですね…え?蛇ですかこれ、小さい角とか羽とか生えてますよ」


処分しましょうと箒の柄を振り上げた弟を片手で制し、男は小さな蛇へと指を伸ばした。
日の光を受け煌めく鱗をつんと突っつけば、五寸ほどの小蛇は気だるげな紅い瞳を細め、先の別れた舌をちらちらと震わせる。


「咬まれますよ兄さん」
「大丈夫だろ。ほらおいで、此処に居たら踏んづけられちまうぞ」


鎌首をもたげゆらゆらと男を見詰めていた小蛇は、やがてにょろりと男の指へその体を巻き付かせた。





「蛇さん、大きくなりましたね」
「最近はちょっとずつ重くなるのが楽しみなんだよなー」


ひやりとした体温が首筋を這い、男は擽ったそうに笑みを溢した。
気だるげな眼差しで男を見やる蛇は、定位置となった男の肩で悠々と寛いでいる。


「ネズミ…は食べないんですよね」
「そ。お高くて新鮮な生卵だけ」


贅沢なやつめ、と。
疎ましげな口ぶりとは裏腹に微笑む男が蛇の額をこつりと突けば、素知らぬ顔をした話中の蛇が紅い瞳を細めちろりと男の指先を舐める。
全く人を食ったような蛇だなぁと苦笑し合う兄弟の耳に、んん、と鼻にかかったような低音が滑り込んだ。


「失敬だね君は」


刹那の間も開けず刀へと手をかけた男の首へ、一人の男がしなだれるように腕を回していた。


「…誰だ」
「そう怖い顔をしないでくれないか。華よ蝶よと私を育てたのは君だろう?」
「俺が世話してたのは蛇だ」
「ふむ、君は察しが悪いね」


だがそこが可愛らしい、と。
愛蛇と同じ紅い瞳をゆるりと細めた見知らぬ男は、妖艶な笑みを浮かべ男の唇へ己のそれを重ねた。


「んー…、良い精気だ。これからもよろしく頼むよ死神君。ああ自己紹介がまだだったね、私は赤酸漿と言う」


君の可愛い小蛇だよ。


【死神と毒蛇】
(あれ?兄さん、赤酸漿さんはお出掛けですか)
(おー、弟を見つけたんだとよ)