スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

sss右目と男と若虎と



「來海、く、くくくくちすいとは!!」


首筋までをも濃い朱色に染め上げ畏まる若虎の真面目な雰囲気に男は頬をもごもごと動かし、口吸い?と小首を傾げた。


「き、気持ちの良いものだと聞いたのだ!」
「誰から?」
「政宗殿と慶次殿だが。く、口吸いはそなたが得意だから、尋ねると良いと」
「えぇーなにそれ…」


己の質問に耐えられ無くなったのか破廉恥極まりないィイと叫び出した若虎こと真田幸村へお決まりの困り顔を向け、俺今昼飯食べてるんだけど…と男は腕を組んだ。


「來海、腕組むんじゃねえ」
「あ、ごめん小十郎」
「片倉殿、某は道中済まして来た故お構い無く」
「言われるまでもねえよ」


眉間に皺が寄った小十郎に男は慌てて腕を解き、とりあえず持っていた箸を膳へと置いた。
唐突な訪問に輪を掛けて唐突な質問ではあるが、どうしてだろう、答えるまで帰ってくれそうにない。
参ったなあと頬を掻き、男は若虎の好きにさせることにした。


「茶請けは香物しかねぇからな」
「おお!片倉殿の野菜は誠美味しゅうござる故十分でござる!」
「褒めたところで出るのは茶だぞ」
「俺小十郎のそういうとこ好きだわ」「…馬鹿言ってんな」


なんだかんだ言いつつ若虎へとお茶を用意する世話焼きな小十郎に笑みを溢し、男は幸村へ先を促す。
結局何が知りたいのか、と。
小十郎特製大根の甘酢漬けをぱりぱり…否寧ろ、ガツムシャと貪り「うむ」と頷いた幸村に自分の分の漬物を取られぬよう確保し、男は聴きの体勢に入った。


「気持ちの良い物なのか、と…あ、味だ」
「は?味?」
「味だ」


口吸いとはこの大根のように甘く酸い物と慶次殿が申していた。
至極真面目にそう熱弁する幸村に男は、風来坊と政宗の二人組は本当に情操教育に良くない影響をもたらすなあと頭を抱えた。


「一概に全部が全部甘酸っぱい訳じゃないだろ…」


ネギ食えばネギの味が、と言い掛けた男の頭に小十郎の平手がぺちりと入る。
余計なことを喋るなとの釘刺しの様であったが、顔を見ればほんの僅か赤らんでいるのでただの照れ隠しだろう。


「そうだなぁ…」


男は怨めしげに天井の気配へ視線を向け、何でお前が教えないんだと内心唸る。
すると、俺様散々聞かれて追い回された後なんだけどと疲れきった声が聞こえたような気がしたので、居たたまれなさにそっと目を伏せた。


「やらかくて気持ち良いよ」
「なっ…ややややや柔いのか!!」
「マシュマロほどじゃないけど」


男はちらりと小十郎の唇を盗み見る。
薄過ぎず厚すぎない唇は少し硬さがあるが、柔らかく温かく美味そのものだ、と。
へらりと笑う男を鋭い眼光で一睨みした小十郎は、こっち見んなと口許を手で覆ってしまった。


「ま、ましまろ?」
「南蛮のお菓子。白くてふにゅふにゅの」
「おお!ふにゅふにゅなのか…!」
「そう、ふにゅっふにゅ」


片やきらきらと、片やニヤニヤとした視線が小十郎の口へ注がれた。
不躾なそれに羞恥と憤怒を覚えた小十郎の前髪がぱらりと落ち、男は頬を引き吊らせる。


「片倉殿、少し触らせていただけ」
「触んな俺んだ殴るぞ」
「てめぇら…地獄が見てえか…」
「まぁ冗談はさておき…おい幸村そこから一歩も動くなよ。そうだなー、女の子ならそのぐらい柔らかそうだけど」


味はなぁ、と。
片手で幸村を畳へ押さえつけ、さりげなく小十郎を遠ざけた男は苦笑いを浮かべた。


「教えない」
「な…、何故だ」
「勿体ないから」


男は人差し指を自らの口へ当て、ナイショと笑った。



【よもやまのはなし】
続きを読む

sss成り代わりと遭遇



(積み上げた物の崩れる音がした)







半刻程前にふらりと現れ己を腕に閉じたまま、身じろぎ一つせず黙りこくる男へ小十郎は小さく溜め息を吐いた。
宥めすかそうが脅しをかけようが、うんともすんとも口を開かぬ男だったが、長年連れ添った身から察するに何やら悲しんでいるらしい。
唯一動かせる土まみれの片腕で柔らかく男の手を撫で、どうしたのかと問えば、背に負う男はひくりと身体を震わせた。


「家に帰ってたんじゃねえのか」


忙しいから一度向こうへ行くと姿を消して、まだ半日も過ぎていないと言うのに。
何れにせよ向かい合わねば話もできぬ、と。
張り付く男の腕をほどくため俯いた小十郎は、腹に巻かれた腕を覆う衣の色が常より変わっていることに目を瞬いた。


「おめぇ、羽織はどうした」
「……いらないからすてた」
「あれだけ大事にしてたものをか?矜持だと言っていただろう」
「すてた」


埒のあかない問答に痺れを切らし、小十郎は男の髪を一房ぎちりと引く。
痛みの声を上げること無くあっさり離れた男は、案の定と言おうか、なんと言おうか。
美麗なかんばせをぐしゃりと歪め、大粒の涙を音も無くぼろぼろと流していた。

あぁ、あぁ、鼻水まで垂らしやがって。
小十郎は頭の手拭いを取り、童のように号泣する大の男の顔をごしごしと拭った。
多少汗くさくて目に染みるだろうが、頑丈な男だから平気だろう。


「い…た、痛い小十郎、痛い」
「わかったわかった。何で羽織捨てたんだ」


男の手を引き縁側へ腰を下ろす。
赤いんだか群青いんだか判らない瞳を潤ませた男は、小十郎の手拭いでちゃっかり鼻をかんで、ぐずぐずと濡れた声で話し出した。


「帰ったら、知らない女の子が俺の部屋に居たんだ。弟も部下も俺のこと忘れてて、お前なんか知らないって刀向けられた。私達には兄なんか、居ないって、」
「家間違えたんじゃねえのか」
「そんな訳…!」


無いもんとしゃくり出す男の背を擦る。
黒い衣が所々汚れ裂けているのはその所為かと得心し、小十郎は目を細めた。


「だ、れか、わかんない子が、此れは私のモノだって、家族も、仲間も、世界も、私のものになったんだって笑って、俺はニセモノだから要らないっ、て」
「なんだそりゃ…ただの気狂い女じゃねえか」
「変だと思ったから消そうとして…、女の子が悲鳴を上げて、オカサレル、タスケテって泣いたんだ。そしたら、皆が、」


敵を見る目だった、と。
小刻みに震え、両腕で己の身を抱き縮こまる男の瞳は、暗い影を宿していた。
中身の脆い"この男"らしい事だと口の端を薄く吊り上げ、小十郎は千載一遇の好機を逃さぬよう男の分厚く綺麗な手へ己が手を重ねる。


「なら、もう、良いじゃねえか」


目を丸くし間の抜けた面をする男を横目で見やり、小十郎は緩みそうになる口許を引き締めながら言葉を繋げる。


「お前が居てどうにかなるもんじゃねえんだろ」
「そ、れは」
「策を試して、駄目だったから帰ってきたんじゃねえのか」


隣の男が息を飲む。
何とは無しに野良着の合わせ目を弛め、小十郎は暫く放っておく事だなと呟いた。


「しばらく、って…」
「十年でも百年でも好きにしろ。必要ならあっちから迎えに来る」
「でも…、おれの家族なのに…」
「向こうはそう思っちゃいねぇんだろ」


虚を突かれ情けない表情で小さく頷く男の、縋る様な群青色のいとおしさときたら。
何処の誰かは知らないが本当によくやってくれたと内心で一人ごち、小十郎は眉を垂らす男の唇へ噛み付くように唇を合わせた。



【宿狩られ男の災難】
(てめぇは俺の隣で馬鹿みてえに笑ってりゃいいんだよ)



―――――――――――
頻繁な帰省にヤキモチの薄黒い右目。
鰤狙いの子にポジションを乗っ取られた隊長は皆の態度にハートブレイク。
シャボンハートの耐久性はほぼゼロ。
前の記事へ 次の記事へ
カレンダー
<< 2012年08月 >>
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31