――さよなら



 窓から身を投げ出した少年は、そう言って、微笑う。



 その笑みが、網膜に焼き付いて離れない。















『ふー……』



 目の前で人が飛び降りる、なんて貴重な体験をしてから既に1週間が経っていた。
 あんなことがあっても朝は来て、俺は出勤し、素知らぬ顔をした世界は、回る。



 あれから、

 俺の環境は随分と変わったと云うのに。







『お? オッサンじゃんッおーいおっさーん!!』



 オッサンオッサン連呼するんじゃない。俺はまだ3年生だぞ、……社会人の。

『あっは、かわいーのッ! けど俺から見たらどっちにしろオッサンだよ?』

 かわいいとか……18かそこらの子供が成人した男に使うな。というより俺に使うな。寧ろ俺に構わないでくれ。

『……構ってくれないなら、また飛び降りよっかなー』
『?! 馬鹿な事を言うんじゃないっ折角助かった命を無駄にする気かッ!!』

 そう、こいつこそが俺の目の前で窓から飛び降りるという奇特な行為をした少年だ。ついでに、落下先の植木によってほぼ無傷で生還、という奇跡も見せてもらった。

『オマエはもっと自分の命を……って、何笑ってやがる』

 こっちは真剣に怒ってるってのに、何なんだその見るからに嬉しそうな笑顔は。自分傷付けたり怒鳴られて喜んだり……まさかオマエ、マゾじゃないだろうな?

『ないない、俺、ドが付くくらいのS、好きな子は虐めて愉しむタイプ。今は……アンタが俺を見てくれるのが嬉しくてさ』
『……、』

 ……そんな純粋な笑みを向けられると対処に困るだろうが。俺が何も言えずにいると、少年は急に今までの表情を払拭して口端を吊り上げると、意地の悪い笑みを作る。

『ってもまぁ……いずれは俺しか見られなくしてやるから』
『は……?』
『あれ、気付いてなかった? 俺、おっさんに一目惚れしてたみたいなんだー。ってワケだから覚悟しといてねっ』

 突然の告白にリアクションのとれない俺を無視して少年は俺の頬にキスをすると、ヒラヒラと手を振り去っていくのだった。










 そして、そんなことがあっても朝は来て、俺は出勤し、素知らぬ顔をした世界は、回る。



 あれから、

 俺の心境は随分と変わったと云うのに。



―――――

 ギャグなのかシリアスなのか……何とも判別し難い。。。