(※現パロ)
格好つかなくて困る。
早乙女はそう言って、マスクを顎まで下げた。何気なく俺から顔をそむけるので、その仕草を意外に思う。
近くに雷が落ちた。西向きの窓は、角度のついた豪雨をもう映しきれていない。ただでさえベランダに吹き込み窓を叩く雨粒をびっしり貼りつかせている、その上、かろうじて見える景色は真っ白に煙っている。日の落ちる前だというのに、空も鈍色に厚い雲が光を受け付けていない。
(※自分が漫画のキャラクターだということに気づいている早乙女)
人類は滅亡した。呼吸が出来なくなる奇病に侵されて、およそ一年をかけて滅亡した。そのペースは、原因を究明するには急速すぎて、人類が生存を諦めるには緩慢すぎた。初めは熱帯雨林地域のどこかで始まったらしいその奇病は、地球上全ての地域にあまねく広がって、人間だけの呼吸を止めていった。人類は「この奇病を解決できる人間はまだどこかに残っているはずだ」と思いながら滅亡した。
早乙女と俺は、多分もう人類ではなかった。
(※生存パロ)
二種類の丼は同時に運ばれてきた。注文を取りにきたのと同じ店員が、笹塚の前に醤油ラーメンを置く。笹塚は俺の前に豚骨が来るのを待ってから、手を合わせた。「いただきます」と呟いてから割り箸を割って、湯気の向こうから俺に視線をよこす。普段とは違って二人掛けのテーブル席についているので、正面からまともにその目を見ることになった。どうかしたかと聞く前に、笹塚がほんの少し目を細め、口を開く。
「やっぱりそっちに炒飯ないの、違和感あるな」
笹塚衛士の交友関係は意外に広い。俺の想像に反して、笹塚衛士は交友関係を結ぶことに躊躇が無かった。知り合いの知り合いが、どんどん本人の知り合いになっていく。それどころか、相手の方では笹塚衛士を友人とすら思っている。
かくいう俺も、初めはこんな能面みたいな男と話していて何が面白いのかと思っていた。話してみればその声音が心地良く、その一点でまず「得をしている男だな」と思わざるを得ない。
(※未完)
確か、坂田くんか、坂木くんだったような気がするが。記憶を掻き分けるが、正解には辿り着けそうにない。俺の混乱を察したように、およそ三年間だけ同じ学校にいたはずの元同級生は「早乙女國春」と名乗った。全く覚えがない。
早乙女から電話がかかってきた。
「笹塚、お前んちって炊飯器あったっけ?」
唐突なのは毎度のことだが、よくも毎度毎度ここまで脈絡なく話せるなと感心するレベルだ。
「無い」
歯を磨くのが、着替えの後になってしまった。こういうときに限って、歯磨き粉を服にこぼしたりするんだろう。「落としたトーストがバターを塗った面を下にして着地する確率は、カーペットの値段に比例する」というやつだ。きっと、今なら、百パーセントなのかもしれない。
笹塚は意外にも、きちんと別れを言って出て行った。
笹塚は、手元のメモを見ながら、手際よく買い物をする。見ながら、とは言うが、時折確認する程度だ。内容はすっかり頭に入っているらしい。メモを上から追い、過ぎた売り場に引き返す羽目になるようなことはしなかった。いかにも「面倒だ」と言いたげな顔をしている笹塚のために、買い物かごを持ってやっている。