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市赤

呼び方は月並み。今でもこの人は俺を餓鬼と呼ぶし、きっとこれからもそう呼ぶだろう。悟ったように変わらない老人は、今や触れることを恐れなかった。今日も気安く俺の髪を梳く。汗なんてかくのかと笑われた。「一応人間だからさ」だから背も伸びたし歳も経たし、明日死ぬかもしれない。


西堂は、文中に『月』を入れて【隠したい】をイメージした140文字作文を書いて下さい。 #140SS shindanmaker.com
日替わり診断よりお題を拝借(ツイッター掲載時の文に加筆修正)

現実(森←銀)

 今思い返してみれば、あの時の森田の笑顔は、随分ぼやけていた。秒針の音をすり抜けきれないほどに急いている鼓動。
 粉雪が舞い、寒さが身に染み入る冬の夜。こちらに笑いかける森田。気がつけば、森田が手渡したはずの缶コーヒーや向かいのケーキ屋、それどころか街並みすら、何もかもがどろりとした意識の中に引きずり込まれていた。
(今思い返してみれば、あの時の森田の笑顔は、随分ぼやけていた。)
 そうやって必死に手を伸ばして目を覚ましたのは夏、午前二時。
 天井と平行の手のひらから、手首を伝い肘を通り汗が流れ落ちる。鼓動が速い。ドクンドクンと頭蓋に直接響く自らの焦りを聞きながら、目元を拭った。
 そして、最初から最後までが夢であることを祈った。だが残念ながら最初の馬券も最後の花束の伝票も、まだ手の届く所に残り香を纏って佇んでいた。
 全てが現実ならばせめて出会わなければ良かったのに。夜が明けるには早すぎる時間に目が覚めてしまった。


(初出2008/?/?)

寒椿(市←赤)

貴方が「美しい」と言った寒椿に未だ、嫉妬しています。
冬が溶け、春が咲き、夏が焼け、秋が澄み、そしてまた六度目の冬が降り、あの日とは違う寒椿がひらきます。

どんな椿でも綺麗だ、と。

貴方が褒め称えるそれを、口惜しくて首から落とすと、足元の雪に花弁が散って、血を浴びたようです。
(極上の喜劇)
何故って、貴方の瞳は私の生まれる前から光を映さない。そして、二度目に冬が凍ったときに、貴方は既に事切れていたのですから。
寒椿は首だけで笑う(ので、今度は唇を喰い千切ってやった)。


初出2008年

鳴るのは貴方の音(×赤)

あなたは何も持っていない。
光を映さない濁った瞳も、白く細く透き通る長髪も、若さを失って皺の目立つ枯れた指も、ただ己の能力と合理性だけに頼る執拗な精神も、私を満たす狂気も何一つ。
そんなあなたをあの人の代わりにして在らぬ熱を求める私。そんな私をあなたは憎みますか。恨みますか。優しいあなたのことですから、それとも私を哀れみますか。
どれに当てはまっても構わないので私を壊して下さい。憎悪でいいんです。同情でもいいんです。一晩だけ優しい嘘を下さい。
これは波が囁く幻です。
私があの人の髪を切ったのだから。
だから遠慮なく溺れて。ほら早く。

無糖の前頭葉(森+カイ)

「今、なんて?」

 カイジが銀髪の男の名前を出した瞬間に森田はそう言った。瞬間、取り落としたと言っても差し支えないくらい乱暴にティーカップを置いた森田の目は、平素の森田からは想像も出来ない目だった。
 感情が欠落したようなその目にカイジは思わず身を強張らせた。空気が澱んでいく。この濁る室内に耐え切れないと言ったように数秒後、カイジが恐る恐る口を開いた。

「森田……?」

 森田にとって、あるいは世界中の他人にとって数秒だったその時間は、カイジにとって永遠よりも長く感じられた時間で、彼の唇は乾燥し喉は自らの唾液さえも上手く通さない。ごくり、唾を飲み込んだ音がカイジの鼓膜に響く。それを合図にしたかのように森田が少しずつ少しずつ口を歪ませて、最後には微笑みの形に納まった。

 その微笑は「微笑み」の言葉の持つ雰囲気とは裏腹にカイジを凍りつかせてさらに歪む。そうして歪んだ森田の唇は優しげな言葉を紡ぐ。
「あの人は俺のことを何と言っていましたか?」
 セ氏マイナス273.15度のやさしい言の葉がカイジに突き刺さる。えも言われぬ寒気を感じてもカイジは抵抗する術を持たない。何も知らないのだ、この男のことを。

 だから、カイジは訳も分からず怯えながら素直に口を開くしかない。
「……いや、まだあんたのことを話しては……」
「じゃあ何を話したって言うんですか?あなたとあの人に共通の話題なんてあるんですか?」
「ちょっと」
 待て、とカイジが言う前に笑顔を貼り付けた森田が続ける。

「あなたはあの人に何て話しかけたんですか? あの人はあなたに何と話しかけたんですか? あなたはあの人に何をしたんですか? あの人は俺を探していましたか? あなたはあの人に何をしたんですか? カイジさんはあの人に何をしたんですか? 何をしたんですか、カイジさん。
 ねえ、何をしたんですか。何を。」

(人が変わったようだ、とカイジは思った。)

「答えられないですか? あの人のかわりになってくれますか、カイジさん」
「ちょ、ちょっと待て… 言っている意味が」

「なってくれますか」
「だから、一体どうしたんだよいきなり」

「大丈夫です銀さんと俺でするはずだったこと、受け止めてくれるだけでいいんです
 いいですよね?カイジさんが言い出したんですあの人のこと」
「……本気かお前」

「あなたが言い出したんです銀さんのこと」
「ちょっと」

「銀さん」
「森田」

「あなたの森田です、銀さん」
「、」

「銀さん」
「」

「銀さん」

銀さん、
泣くなんて貴方らしくないですよ。


(初出2008/10/02)

思い違い(市+赤(猫))

※猫耳とかでなく、猫そのものです

 仕事帰りにうっすらと雨の匂いを嗅いだ気がした。
 何もかもが雨音で掻き消される前に帰ろうと早足で帰路に着いたのだが、あと少しの所で空が豪快に泣き出す。
 風呂を沸かしておいてもらって正解だった。
 自らの舌打ちさえも聞こえない雨の中で歩くのは何年ぶりだろうか。
 歩調を緩めて歩いていたら、ひたりと足に何かが触れる。
 猫の鳴き声。
「……」
 結局その猫は家の前までついてきたようだった。
 早く開けろと急かすように戸口を引っ掻く音。
 踏まないようにして錠を外すと勝手知ったると言うようにまっすぐ風呂場に駆けていった。
 仕方ないので猫の為に風呂場の戸を開けてやったのもいい。
 湯船で溺れそうになっている猫を洗ってやったのもいい。
 畳を濡らされると困るので渋々身体を拭いてやったのも、まあいい。
「一番風呂貰っちゃって悪かったね」
 布一枚隔てた下で、猫があの餓鬼にすり替わっていたのはどういうことだ。
「……」
「あれ、言ってなかったっけ。」
 水に濡れると猫になると戯言を抜かしたアカギを黙って湯船に押し込むと、腕の中でだんだん小さくなる。
 抱きかかえてやると頭の水を振り落として、一声にゃあ、と鳴いた。
「……てっきり鬼の子だとばかり思っていたが」
 化け猫だったのか。
 そう呟くとざらついた舌が手の甲を這った。
 口端を吊り上げる子供が脳裏に浮かぶ。
 ……まったくタチが悪い。

(初出2008/09/08)

光と音(市赤)

「きつ…」
「着たいと言ったのは誰だ?」
「……」
 文句は言うなと一言言って帯を締め終わると、目の前の少年はごそごそと身じろいだ。何かと思って肩から肘、肘から掌へと右手を這わせていく。すると辿りついた男の掌の下で、先刻整えた襟元は見るも無惨に(自分には見えないが)着崩れている。
「お前なあ…」
「暑い」
「こういうもんだ」
 知っていて着たいと言ったのかと尋ねたら返って来たのは否定だった。
「だって今日祭りでしょう」
「…行く気はないんだろ?」
 こちらの問いには答えずに「それにしても残念だな」と呟く浴衣の少年は、ゆっくりと手を伸ばしてきて、続けた。
「アンタの目が見えたら、もっと簡単に誘えたのに。」
 引かれた手はしっとりと汗ばんだ胸元に導かれた。抱けと?
「あんたに花火は楽しめないでしょ。だったらさ…」
 二人で楽しいことしよう。
 耳元で囁かれた着付けも知らない餓鬼の挑発に乗って帯を解いてやった。
 遠くで花火が散る音は息遣いと体温に紛れて消えた。

(初出2008/07/22)

西瓜と猫と風鈴と(市+赤)

 種を飛ばすなよ、と。煙管に火を入れながら市川さんはそう言った。
「そういうこと言うから見えてるんじゃないかと疑われるんだよ」
「飛ばすつもりだったのか」
「別にいいじゃない少しくらい」
 答えるように軒下で涼んでいた猫が鳴いた。眉根を顰めた市川さんが紫煙を吐き出す。ちりん、と風鈴が鳴るのを聞いた市川さんが眉間に刻まれた皺を深くする。
「…物置を荒らしたのはやはりお前か」
「いい音だね」
「やたらに物を引っ張り出してくるんじゃない」
 言葉とは裏腹に嫌悪の念を抱かない口調に思わず笑みが深くなる。
 そんな夏の日。

(初出2008/07/15)
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